金正恩にはどうしても米朝首脳会談が必要だ 権威主義国家における最高指導者の胸の内

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核兵器の廃棄問題について、トランプ大統領はすでにボルトン氏が主張していた「リビア方式」を否定する考えを、本人の前で表明している。それを受けて談話は「トランプ方式というものが双方の懸念を解消し、われわれの要求する条件にも符合し、問題解決に実質的に作用する賢明な方策になることをひそかに期待もした」と、トランプ大統領の考えに期待を寄せている。

トランプ大統領も「リビア方式にはしない」と期待を持たせる発言をしている(写真:REUTERS/Kevin Lamarque )

北朝鮮がいうところの「トランプ方式」は、核廃棄の見返りに「金正恩体制の保証」、つまり、北朝鮮が核兵器を持たなくなった時に、北朝鮮に対して軍事行動などはしないという約束を手に入れることを意味している。まだ30代の金正恩委員長がこれから先、長く権力者として生き残っていくためには、米朝首脳会談を実現させ、米国の軍事的脅威にさらされ続けることを避けたいと考えてもおかしくない。そのためには首脳会談をやらなければならないのだ。

国民に並進路線の転換を表明してしまった

北朝鮮が米朝首脳会談実現にこだわる理由はほかにもある。

金正恩委員長は4月20日の朝鮮労働党中央委員会で核実験場の廃棄と大陸間弾道弾(ICBM)の試射中止を早々に表明した。そして実際に5月25日に核実験場の破壊を演出して見せた。首脳会談前にすでに国民に対し核廃棄などを表明してしまったのである。

また金正恩は5月18日、これまで掲げてきた並進路線の転換を党の会議で決定し公表した。核開発と経済成長を同時に進めるという並進路線の維持が困難になったことを受けての路線変更だろう。国民には今後、経済重視の政策を展開することを伝えてしまったのである。

そして、トランプ大統領との首脳会談実施も、国民に購読を義務付けている朝鮮労働新聞に掲載した。

つまり、米朝首脳会談を前に金正恩は次々と大きな政策転換を決定し国民に伝えた。にもかかわらずそれが実現できないとなると、北朝鮮のような権威主義国家においては最高指導者の権威に傷がつくことになる。これは何としても避けたいことであろう。

それ以上にこのまま国連安保理が決定した経済制裁が長期間続くことになると、中長期的には経済成長はもとより財政的にも核実験やミサイル発射の実験をすることさえ困難になることが目に見えている。もはや北朝鮮は引くに引けないところに来ているのではないか。それが二つの「談話」から読み取れる。

だからと言って6月12日に米朝首脳会談が本当に実現するかどうかはわからない。ただ一連の経緯を見ると、現時点ではトランプ大統領のほうが有利な立場になっていることは明らかだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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