「殺人シーンOK、暴力・ハラスメントNG」の矛盾 ドラマをめぐる視聴者感覚に戸惑うテレビ局

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しかし、ストレスを感じるシーンが少なくなると、必然的に終盤の爽快感や感動は小さくなってしまうもの。作品としての幅は狭まり、スケールも小さくなってしまいます。これが「昔のドラマは面白かった」と言われがちな理由の1つとも言えるでしょう。

あまり知られてはいませんが、安定した視聴率を記録している刑事ドラマでも、「暴力を想起させるアクションシーンや、事件の発端となるパートでのハラスメントシーンを減らしている」という変化が進んでいます。その代わりに増やしているのは、コミカルなやり取りなど、視聴者がなごめるような息抜きのシーン。これも現在の視聴者に対応するために、連ドラのスタッフが行っている配慮の1つであり、コンプライアンスを意識したものとも言えます。

過去をさかのぼれば、かつての「太陽にほえろ」(日本テレビ系)のような躍動感あるアクションや、「西部警察」(テレビ朝日系)のような派手な銃撃戦はほとんど見られなくなりました。数多くのジャンルがある中で、刑事ドラマの割合が高くなっているにもかかわらず、刑事ドラマのタイプは似たものが多くなっているのです。

このように地上波のドラマから多様性が失われているのは、視聴率という時代に合わない指標ばかり重視し続けるテレビ業界の責任が大きいのですが、許容範囲が狭くなりがちな私たち視聴者サイドにも一定の責任があるのです。

バラエティやワイドショーもストレス回避

「視聴者が少しでもストレスを感じる映像を減らしていこう」という制作姿勢は、ドラマだけの話ではありません。バラエティやワイドショーも、「一定のストレスを感じてもらうことで、大きな爽快感や感動につなげよう」とせず、「小さな爽快感や感動を得る」ような細切れの映像を連ねる傾向が強くなっています。

わかりやすい例をあげると、「痛快TVスカッとジャパン」(フジテレビ系)は、細切れのエピソードを連ねている上に、悪のスケールが小さく、笑いを交えているほか、「最後は必ずスカッとできる」という予定調和を楽しむ番組。小さな爽快感や感動を得るには最適である反面、放送終了後にはすぐ忘れてしまうタイプの番組であり、翌日にまで反響が及んだり、のちに語り継がれたりする可能性は低いのです。

視聴者が序盤・中盤のストレスを受け止める余裕や耐性が低くなっている理由には、「経済事情や事件・事故などによる社会不安」「教育現場や職場など生活環境の変化」「自由や個性をよきものとする風潮」「ハラスメントやコンプライアンスなどを盾にした相互監視」など、さまざまな背景が考えられるでしょう。

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