朝鮮半島全域が「中国の勢力圏内」に収まる日 「現状維持」が日本にとって最も望ましい

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これに対して中国は、この可能性を計算に入れつつ、今回の南北朝鮮の融和のために戦略的に動いていたかもしれない。そのような不気味な予感が筆者にはある。

第三に、南北朝鮮の融和への機運が、朝鮮民族のナショナリズムに駆り立てられていることの危険性を見逃すべきではない。実際、板門店宣言は次のように、北朝鮮と韓国が共有するナショナリズムを高らかにうたっている。

「南と北は、南北関係の全面的で画期的な改善と発展を実現することで、途絶えた民族の血脈をつなぎ、共同繁栄と自主統一の未来を早めていくだろう」

「南と北は、わが民族の運命はわれわれ自ら決定するという民族自主の原則を確認し、すでに採択された南北宣言やすべての合意などを徹底的に履行することで、関係改善と発展の転換的局面を切り開いていくことにした」(強調部分は筆者)

「共通の試練」は日本による植民地支配の歴史

マッキンダーが洞察したように、ナショナリズムの観念は「通常、ある共通の試練や、ある共通の外圧に対する抵抗の必要性の下で受け入れられてきた」のであるが、北朝鮮と韓国にとって、その「共通の試練」がかつての日本による植民地支配の歴史であることは論を待たない。

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おそらく、北朝鮮と韓国が連帯を強めようとすればするほど、朝鮮のナショナリズムは高揚し、そして共通の敵としての日本の存在がクローズ・アップされてくることだろう。南北朝鮮の融和が進めば進むほど、両国と日本との間の歴史問題や領土問題を巡る対立はいっそう先鋭化することになるのだ。

こうして、板門店宣言が実行された場合に起きるであろう3つの地政学的変化は、いずれも日本を地政学的な不利に追い込んでいくことになると予測できるのである。

だとすると、現時点の日本にとって最も望ましいのは、「アメリカによる北朝鮮への武力攻撃には至らないが、北朝鮮と韓国の融和は進まない」という状態、すなわち「現状維持」だということになるであろう。

身もふたもない結論と思われるかもしれない。

しかし、われわれは、この複雑怪奇な東アジア情勢の中を生き抜こうとする以上、「平和が紛争をもたらし、紛争が平和をもたらす」というパラドクスを冷徹に直視し、戦略的な判断を下さなければならないのである。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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