朝鮮半島全域が「中国の勢力圏内」に収まる日 「現状維持」が日本にとって最も望ましい
20世紀初頭、地政学の祖ハルフォード・マッキンダーは、「地理学からみた歴史の回転軸」において、「国民を形成する諸観念」は、「通常、ある共通の試練や、ある共通の外圧に対する抵抗の必要性の下で受け入れられてきた」と論じた。つまり、地政学的脅威の存在が国民意識を芽生えさせ、ナショナリズムを強めるということである。
マッキンダーと同じ頃、社会学者ゲオルグ・ジンメルもまた、紛争によって集団が形成されるという理論を提唱していた。ジンメルは言う。「紛争は、敵を前にして、既存の組織の固有性をあいまいにするような要素一切を根こそぎ排除することで、その組織の集権化を促すだけではない。紛争は、紛争がなければ無関係であった人や集団をまとめあげるのである」
それからおよそ100年後の1996年、マイケル・デッシュは、このジンメルの洞察によりつつ、「地政学的脅威の存在こそが国内の平和に貢献するのであり、国際平和は逆に国内の対立や闘争を促す」というパラドクスを提示した。そして、冷戦の終結という地政学的脅威の消滅は、多民族国家の分裂を招き、局地的な紛争が増加すると予測したのである。
20世紀末、冷戦の終結が世界平和をもたらすという楽観論が支配していたが、デッシュの不吉な予測は、その時代の雰囲気に冷水を浴びせるものだった。
しかし、それから20年後の世界を見れば、アラブの春以降の中東各国の国内対立や内戦、世界各地での宗派間・民族間の紛争の過激化、イギリスのEU離脱、スコットランドやカタルーニャの分離独立の動き、アメリカ国内の政治的混迷など、デッシュの予測を裏付ける事例に事欠かない。
こうした理論や歴史が示すのは、「共通の敵の存在から団結や連帯が生まれる」という単純明快な真実である。そして、それは裏を返せば、共通の外敵が消滅して平和になれば、その結果、内部の団結や連帯は弱まり、紛争が起きやすくなるということである。
米国の後退と中国の台頭という地政学的変化の引き金
さて、このマッキンダーやジンメルらの理論を念頭に置けば、板門店宣言に掲げられた事項が実現し、南北朝鮮の融和が進むことで、次のような地政学的変化が引き起こされるという予測ができる。
第一に、日本、アメリカ、韓国そして中国の間の関係が不安定化するであろう。
核武装した北朝鮮という存在は、日米韓の共通の脅威であり、また中国にとっても悩みの種であった。このため、日米韓あるいは日米韓中は、これまで朝鮮半島における戦争の抑止という共通の目的のために連携してきたのである。
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