憲法改正論に目を背ける人に伝えたい超基本 変える必要はあるのか、それともないのか

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三浦:また、自衛隊の反抗の可能性を封じるにあたって、あえて名誉を与えないでおくことで隊員の自覚に任せようという考え方は、政軍関係の歴史的事実に反しています。昔の騎士や貴族将校は名誉を与えられ、それがプラスに働いて自制するような時代もありました。軍が官僚として制度化してからは、明示的に行政あるいは議会の統制に服し、民主化してからはさらに制度や統制が細かく議論されるようになりました。つまり、日本だけが逆を行っているのです。現に、日本の防衛の大きな部分を担う米軍を、他国であるわれわれがコントロールすることなどできようがないわけですから、国民は安全保障を担う軍を自ら統制する自覚にもともと欠けているわけです。

自衛隊の存在を際立たせないとシビリアンコントロールという概念が周知され制度化できない。それが、今、改憲したほうがいいと私が考える理由です。自衛隊は軍であると認めることで、さまざまな統制の仕方が議論され始めるでしょうが、現状では議論のしようがありません。国会も、政府の粗を探すことには能力を持っていても、大方針について議論する能力は欠けているのが現状です。

日本でガラパゴスの理論がまかり通ってしまう理由は、政官関係の専門家はたくさんいても、政軍関係の専門家が乏しいからです。皆さん、大学で政軍関係の歴史を詳しく学びませんでしたよね? それは、日本では軍がいないことになっているからです。この分野は、安全保障と民主主義や政治の緊張関係をめぐる歴史理解が必要なのです。政官関係や憲法の専門家が理解できていないものを、国民が理解できているわけがないのです。

憲法改正が必要なもう1つの理由があります。「裁判所の自覚を促す」ということです。

アメリカの裁判所は憲法解釈をめぐる動的な議論に慣れています。歴史的に有名なのは、1973年アメリカの「ロー対ウェイド判決」です。最高裁は憲法第14条に基づき、人工妊娠中絶の禁止を違憲とし、全米にまたがって女性の中絶を規制する州法を違憲としました。

これに対して、日本の裁判所が世の中の進歩に応じるやり方は温情主義的なものです。2013年に非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする民法の規定を違憲であるとした例がありますが、お上がそろそろ適切と判断した時に、一貫性を崩すことを許容するというのがいわゆる温情主義の姿勢ですね。自衛隊に関しては、最高裁は消極姿勢です。それは自衛隊が憲法上ぎりぎりの存在だからです。

となれば、「必要最小限度の武力の保持は許容される」という政府解釈が、国会との攻防の中でどんどん右にずれていくことを最高裁はどこまで行っても許容せざるをえなくなるのです。「武器輸出三原則」とか、「GDP比1%枠にします」とか、「自衛隊海外派遣しません」とか。でも、なし崩し的に「歯止め」は破られたじゃないですか。裁判官は安全保障の専門家ではありませんからね。国会も憲法解釈しか詰めないから、つまり、違憲でさえなければよいというのが今の自衛隊をめぐる日本の議論の状況なのです。

西田:そうすると自衛隊は統制が効いていないということになりませんか? ぼくはそうは思えませんが。

自衛隊が自分でプロフェッショナリズムを養っている

三浦:いえ。「政官関係的」には統制が効いているんですよ。政治がどんなに間違っていても、官僚のトップを解任することはできるし、官僚は政治の僕(しもべ)です。2015年の、内局支配を緩和した文官優位システム廃止も、行政改革の一環として政治の意思を制服組に反映しやすくする効果をもたらしています。それに加えて、自衛隊が自分でプロフェッショナリズムを養っています。

防衛大学校で粛々と教えられてきたアメリカ仕込みの政軍関係教育、軍人の行動規範を、個人の努力によって養い、自らを律しているのが現状です。

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