しかし、その「現役並み所得」という定義が、実に恣意的なのだ。勤労世代と同程度の所得を得ている高齢者、というと、どんなイメージを持つだろうか。普通に考えれば、勤労世代と同程度の課税前収入や手取り所得(可処分所得)、と想像するだろう。ところが、わが国の医療での現役並み所得は、そうではない。
現役並み所得とは、所得税における課税所得が145万円以上の人、という定義になっている。その定義に基づくと、現役並み所得を持つ人の課税前収入は、夫婦2人世帯では、勤労世代では386万円以上、高齢世代では520万円以上となる。”課税所得”では145万円と同額なのに、”課税前収入”となると、勤労世代と高齢世代とで差が出てしまう。この定義に基づくと、前掲の課税前収入が400万円の高齢夫婦世帯だと、現役並み所得未満の収入ということで、医療の窓口負担は1割になる。
なぜ、課税所得では同額なのに、課税前収入となると、勤労世代と高齢世代とで差が出てしまうのか。もともと課税所得が145万円とは、2004年度における現役世代の平均的な所得から割り出されたものである。ところが課税所得は、課税前収入でも手取り所得でもない。所得税の課税対象となる所得額のことだ。課税所得とは、課税前収入から、所得税で認められた諸控除(基礎控除、配偶者控除、給与所得控除、公的年金等控除など)を差し引いた額、として算出される。
したがって、課税所得では同額なのに課税前収入で差が出る原因は、所得税で認められた諸控除が、現役世代に適用される額と高齢世代に適用される額が異なることにある。なぜ差が出るのか。それは本連載の拙稿「所得税の控除はなぜこうもフェアでないのか」で詳しく触れたとおり、高齢世代で給与所得控除と公的年金等控除がダブルで併用できるからだ。課税所得が145万円となる人では、現役世代の控除額が241万円、高齢世代の控除額が374万円。だからそうした差が出てしまう。
大半の高齢者が窓口負担1割で済む理屈
そんなフェアでない定義を使って、現役並み所得と定義しているものだから、課税前収入が386万円以上ならば現役世代は窓口負担が3割なのに対して、高齢世代は課税前収入が520万円未満でも1割負担でよいことになってしまう。
しかも現在、現役並み所得に該当する75歳以上の高齢者は全体の7%程度しかおらず、大半の高齢者は窓口負担が1割で済んでいる。
人は老いれば病弱になるのは避けがたいところ。とはいえ、高齢者の医療を財源面で支えているのは若い世代であり、今後若い世代が急減し、75歳以上の高齢者が急増する状況が予見されていながら、なお若い世代に負担を強い続けることでよいのだろうか。特に2025年前後ではこれまでにないほどのスピードで、医療や介護などの社会保障の給付財源の支え手となる人口が減る一方、支えられる側の75歳以上の人口が増える。
国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によれば、2022~2025年にかけて、20~74歳人口は年平均で107万人も減るのに対し、75歳以上人口は年平均で75万人も増える。続く2026~2030年には、20~74歳の人口は年平均で67万人も減るのに対し、75歳以上人口は年平均で22万人も増える。
支え手となる人口が減ると、若い世代の1人当たりの負担額がこれまで以上に大きく増えてしまうという点が、問題だ。若い世代の負担が増えれば、その分、可処分所得が減ってしまい、今の消費や老後に備えた貯蓄もそれだけ余裕がなくなってしまう。
あえて提言するが、75歳以上の高齢者にも、医療の窓口負担を2割や3割にしてみればどうか。効果は若い世代の負担軽減につながる。
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