それでもアメリカが銃を規制できない理由 銃はアイデンティティの拠り所でもある

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だが、「法律の国・米国」のイメージとは相反する、神話めいた国家アイデンティティにしがみついている人も多い。西部劇を思い浮かべてほしい。そこに登場する真のアメリカンヒーローとは、ボロを身にまとったガンマンであり、法に縛られず直観で善悪を裁くアウトローだ。西部の開拓地で悪事を働く黒服の悪党どもから庶民を守るジョン・ウェインが象徴だ。

では、黒いスーツを身にまとった悪者とは誰か。それは銀行の重役や法律家・経営者で、東海岸大都市を牛耳る大物たちの利益を代弁していることが多い。強面(こわもて)の“鉄砲玉”を従えてはいても、法律の世界や政府の側からやってきたのが黒いスーツの男たちなのだ。

米国人の神話的世界観

西部劇は大抵の場合、法の取り締まりが緩い牧歌的な世界を描いている。そこでは人々が完全な自治を手にしており、法を振りかざして介入してくる政府は邪魔な存在でしかない。西部劇のヒーローが従うのは、主が定めたもうた神の法律と自らの良心だけ。そして、それらを守り抜くためには何としても銃がいる──。

多くの米国人があこがれるそうした神話的世界観を、ほかのどの大統領よりもよく理解していたのがレーガン元大統領だった。俳優として数々の西部劇に出演した経験があるからだろう。「政府は問題の解決策とはならない。政府こそが問題だ」。レーガン氏が大統領就任演説でそう述べたのは有名だが、このとき同氏は西部劇に登場するガンマンのような口ぶりだった。

トランプ大統領は、そのレーガン氏をはるかに下劣かつ過激なやり方で模倣している。実際、トランプ氏はある種のアウトローで、政府の慣例などどこ吹く風だ。財界に奉仕する西部劇の悪党たちと共通する横顔も併せ持っている。

国としてのアイデンティティをめぐる文化的な争いで米国が二分されているとしたら、その両極端の最悪な部分──ガンマンの無法と都会の強欲──を不気味に体現しているのがトランプ氏だ。米国社会を引き裂く危険な分断を乗り越えるには、文化的対立に橋を架けられる大統領が必要である。だが、何ということだろう。大統領の座にあるのは、この任に最も不適格な人物なのだ。

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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