グローバル化と民主主義の両立は可能なのか 自由化・国際ルールと「有権者の意思」

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市場における競争原理が働くようにすれば問題が解決すると考えて、政府による介入はその阻害要因であるとして、すべて否定してきたことも問題を悪化させてしまったのではないか。ダニ・ロドリック、ハーバード大学教授は、「市場と政府は相互補完的」だと述べ、貿易依存度を高めていくためには、それに応じた政府活動の拡大が必要であることを主張している。

1997年に起きたアジア通貨危機は、新興国側の自国通貨と米ドルとの為替レートを安定化させるという政策の失敗で、変動相場制を採用していれば起きなかったかのようにいわれる。だが、問題はそれだけではない。新興国の国内状況を無視して、資本移動の自由化を求めて金融市場の規制を緩和させた先進国側にも大きな責任があるのではないか。

当時、アジアの新興国は企業会計などの各種の制度的インフラの整備が十分ではなかったという状況にも関わらず、先進諸国は自分たちと同様の市場の自由度を求めた。中国やインドの成功は、無条件に貿易や金融を自由化せず、政府の介入と自由化の混合的な戦略をとったことが原因だとも、ロドリック教授は指摘している(Dani. Rodrik, “The Globalization Paradox: Democracy and the Future of the World Economy”, W. W. Norton & Company ,2011)。

グローバル化の速度を制御する

グローバル化を推し進めていくと、有権者の意思は政策に反映されにくくなる。どれほど多くの有権者が望んでも、国際的なルールによる制約を受けて、その政策は実現できないことがあるからだ。EU加盟国の中では、本部のあるブリュッセルの官僚主義に対する批判が高まっているが、政府はEUとして共通の政策を行うためには国民の意思に反した政策も受け入れなくてはならない。グローバル化と民主主義の衝突が起きている。

小さな集団が集まって徐々に大きくなり、国家として統一された法律などのさまざまな制度を受け入れるまでには、長い年月がかかった。長い年月の間に、言語や習慣、文化や社会制度が均質化して初めて、一つの国として同じ制度を運営していくことが可能になったと考えられる。

各国の文化や制度は入り交じって均質化が進んでいき、いずれは世界全体で同じような制度を運営していくことが可能になるだろう。しかし、それまでの間は、それぞれの国や地域による差があるということを前提に、国際的取引が行われるべきだ。各国がグローバル化の速度を制御できることによって、グローバル化と民主主義との両立が実現できるのではないだろうか。

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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