記憶を抹殺したい日韓W杯、元日本代表の述懐 森岡隆三が語る逃げ出したかった世紀の祭典

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「2002年は1年間ほとんど試合に出られず、出場給(契約条件として年俸が基本給と出場給から構成されていた)がないから、税金を支払えば報酬がマイナスの月もあった。この頃、僕はアパレルの仕事を副業でやっていたのですが、そっちの方でもうまくいかず、人生の授業料を払うことになりました。全ては自分が招いたこととはいえ、本当にしんどかったですね。

2002年は一番の喜びと、一番の絶望を味わった年だった。ワールドカップという夢の場所に立てたことは喜びだったけど、ケガやトラブルでどん底を味わいましたからね」と森岡は16年前の紆余曲折を思い出していた。

ケガが癒えてピッチに戻った2003年以降もプレーのイメージと現実のギャップに苦しみ続けた。ジーコジャパンにも発足当初は呼ばれていたが、2003年コンフェデレーションズカップ(フランス開催)直前のアルゼンチン戦(大阪・長居)を最後に代表から遠ざかる。清水も2002年元日の天皇杯を制して以来、タイトルから遠のくようになる。30代に差し掛かるにつれて、森岡自身はもがき苦しむ時間が長くなった。

一家に一台あるベテラン

「僕は後ろから声を出して周りを仕切るタイプの選手だった。それが口ではいろいろ言うくせに、自分がいいプレーができないんだから、言動が伴わないことになる。自分自身、情けなく本当にもどかしかったですね(苦笑)。エスパには11年半いて、『いずれはクラブに残って指導をしてほしい』みたいなことも言われていた。

2005年から指揮を執った健太(長谷川監督=現J1FC東京)さんもサブメンバーに入れてくれて、『一家に一台あるベテラン』として扱ってくれました。ユーティリティ性や安心感を買ってくれたんだと思いますけど、今、考えると本当に恵まれた環境だった。自分もずっと残るつもりで2005年にマンションを購入しました。だけど、『本当にこのまま居心地の良いところにいるだけでいいのか』って気持ちが強まって、2006年いっぱいで外に出る決意をしたんです」

2007年に赴いた新天地は京都サンガ。当時J2に所属していて、森岡にとっては初めての下部リーグでのプレーだった。移籍当初の筋力測定ではママさんバレーボールの選手並みの数値しか出ず、フィジカルコーチにも驚かれたというが、キャプテンとして1年目は22試合に出場。チームのJ1復帰を力強く牽引することができた。

だが、2年目は出場機会が激減。8月末には選手として来季契約しないことを告げられた。

「J1残留を決めたNACK5での大宮アルディージャ戦に終盤(87分から)、クローザー的な役割で出て、何とか仕事らしい仕事ができたんです。

その前日、サッカー人生で初めて代理人にお願いをしてチームを探してくれるよう頼んだのに、試合終了の笛が鳴った瞬間、なぜか自分自身も『終わった』という気がしたんです。ストンと何かが抜け落ちたような。ホテルに戻るとすぐに嫁さんに電話して『やっぱりやめるわ』と伝えたら、『たぶんそういうと思った』と返事がありました。妻はいつも僕の決断を黙って受け入れてくれた。そういう家族には心から有難く感じています」

2008年限りで15年間のプロキャリアに終止符を打った森岡隆三。これが33歳だった彼の第2の人生の始まりだった。

(文中敬称略、後編に続く)

元川 悦子 サッカージャーナリスト

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もとかわ えつこ / Etsuko Motokawa

1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。

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