次代の香港を担う「陳智思」という男は何者か

ASEAN華人関係の今後を占うキーマンに浮上

当時は全土で「四人組」が猛威を振るっていたとは言え、おそらくは長い文革に中国全土が疲れ切っていたに違いない。であればこそ単なる物見遊山の旅ではなく、陳弼臣譲りのDNAが中国相手の「風険投資(ハイリスク・ハイリターン)」に向かわせたのだろう。この旅行で、行き詰まった中国には対外開放の選択肢しかないと読んだのかもしれない。

以後、陳有慶は中国中央政府に足場を築く。全人代香港地区代表を務める一方、同大会華僑委員会顧問に納まって中央政府の華人政策の一翼を担うこととなる。1990年代半ば以降、香港返還での中国政府主導の作業に積極的にかかわるだけではなく、新聞辞令ながら返還後の初代行政長官の有力候補に名前を連ねてもいた。

「一帯一路」の「首都」の舵取りを

香港返還前後以降の30年余りの東南アジア華人企業家に対する対応から判断して、中国政府が殊に陳一族を重視してきたフシが窺える。それはバンコク銀行のタイ内外に対する政治・経済的影響力はもちろんだが、陳一族の持つタイ王室、わけても国民的支持の高いシリントーン王女との繋がりも背景にあるのではなかろうか。かつてインタビューした際、陳智思は「同王女の香港滞在時の案内役は自分が務めている」と語っていた。

金融業を家業とする陳一族に生まれながら、米カリフォルニアのポモナ・カレッジで芸術を学ぶという一風変わった経歴を持つ陳智思だが、祖父から父に引き継がれたDNAは健在だった。彼もまた香港の中小金融業者を束ねる一方、香港返還翌年の1998年に保険業界代表として立法会(議会)に参画したことをキッカケに、初代の董建華政権以来、歴代政権の中枢で重要ポストを歴任してきた。

親中派、民主派、一般市民からの支持に加え、父親譲りの中央政府とのパイプは今後さらに太くなることが十分に予想される。加えるにタイ王室との結びつきである。習近平政権としても、東南アジアへの「一帯一路」の展開を見据えるなら、東南アジア華人社会の「首都」の機能を持つ香港を任せるに彼ほど相応しい人材はないだろう。一時取りざたされた健康問題も、現在では払拭されたようだ。

(文:樋泉 克夫)

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