激化する「米中海戦」、日本はどう処すべきか 米中が繰り広げる「温かい戦争」の実態とは?

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現在、中国は、海警局の船舶の勢力増強を急速に進めている。大型の巡視船の数でみると、数年前までは海上保安庁のほうがまさっていたが、今では海警局のほうがはるかに多く、今後もその差は開いていくとみられている。

仮に東シナ海において、海警局の船舶が日本の領海に侵入してきた場合、日本側はまず海上保安庁が対応する。しかし、中国側は海警局の船舶のままでも、警察機関としての武器使用権限を超えて、軍隊としての武力行使ができてしまう。もちろん違法に侵入してきた船舶による勝手な武力行使が許されるわけはない。だが、それが現実に起こったとき、武力行使に対応するためには、日本は海上保安庁の能力や権限がこのままだと、早い段階で自衛隊を出動させなければならなくなる。すると、日本が先に軍事組織を投入して、緊張のレベルを上げた形になってしまう。少なくとも、そのような外形を作り出してしまうのだ。

こうしたことを防ぐためにも、海上保安庁の強化は必要である。海上保安庁の機能、性格、権限について、中国の海洋進出という新たな現実を目の前にしている今、抜本的に考え直す必要があるのではないか。

米中間には軍トップが話し合う正式なチャンネルがある

第三に、日中間の危機管理のチャンネルを確立しなければならない。本書では、アメリカ海軍のグリーナート大将と中国海軍の呉勝利上将(大将)がビデオ会議で直接対話する場面が出てくるが、これは彼らが個人的に特別な関係を築いているということではない。米中間にはそうした海軍のトップ同士が話し合う正式なチャンネルがあるということなのだ。一方、残念ながら、日中間でそうしたパイプが構築できているという話を耳にしたことはない。中国との間で偶発的に不測の事態が生じてしまったときに、そのようなチャンネルがあるかないかで、その後の事態の行方は大きく変わってくるはずだ。

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最後に、現在日本のみならず世界の大きな注目の的になっている北朝鮮の核・ミサイル問題についても言及しておきたい。海洋の自由を阻害する中国の動きも、北朝鮮の核・ミサイル開発も、ともに確立した国際秩序に対する重大な挑戦である。どちらも北東アジアだけの問題ではなく、世界全体の問題である。また、どちらかの問題の解決のために他方の問題の解決が犠牲になってよいというようなものでもない。とはいえ、いずれの課題についても、短期的な解決策があるとは思えない。どちらもきわめて困難な問題である。

北朝鮮は、1991年の朝鮮半島非核化に関する南北合意に違反し、1994年の米朝枠組み合意を破り、2005年の六者会合の共同声明に違背し、国際社会の強い反対にもかかわらず、一貫して核兵器の開発を進めるとともに、弾道ミサイルの開発も進めてきた。トランプ政権は、これまでの政権にはない強い態度でこの問題に対処しようとしている。

しかしながら、先述したように、これは北朝鮮と国際社会全体との間の問題であり、北朝鮮に対してさらに圧力をかけていくためには、中国の役割も不可欠である。北朝鮮が核弾頭を備えたミサイルを保有することになれば、それは中国にとっても脅威となる。そのことは中国も認識しているはずだ。しかし中国は、強い圧力をかけた結果、朝鮮半島において混乱が起こり、難民が中朝国境を越えて自国に押し寄せてくることを強く警戒している。また、アメリカの影響力とアメリカ軍のプレゼンスが朝鮮半島全体に及ぶことについても強く警戒している。そしてなにより、中国と北朝鮮は今も同盟関係にあるのだ。

2017年9月11日の国連安保理決議第2375号の成立に至る過程でも、制裁の度合いを薄めたのは中国である。中国は「圧力」より「対話」に重点を置いており、日本やアメリカとの立場の違いは明らかである。ここでも国際社会は、中国との困難な対応を迫られているのである。

德地 秀士 政策研究大学院大学シニア・フェロー、元防衛審議官

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とくち ひでし / Hideshi Tokuchi

1979年東京大学法学部卒、1986年米国タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士。防衛省において運用企画局長、人事教育局長、経理装備局長、防衛政策局長等を経て、2014年に第2次安倍内閣が設置した事務次官級のポストである初代の防衛審議官に就任。刻々と変化する東アジア情勢の中で、日本の安全保障の最前線に立ち、対外交渉を担った。

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