カズオ・イシグロに賭けた男の譲れない一線 翻訳本をすべて出す早川書房のこだわり

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――インターネット時代になって情報がたくさん入るようになりました。あるいは、いろいろな人がさまざまな情報を発信しています。早川さんのネットワークより、もっと早く情報がやり取りされるのではありませんか。

そう、(彼らのほうが)情報はむしろ早いですよ。ただし、本を出すか出さないかは、情報だとかネットじゃなくて、人間の情報のやり取りです。もちろん(ネット時代の情報は)決して悪いことじゃないし、私も刺激を受けています。こういう調べ方があるんだな、と勉強にもなります。でもそうした情報はうちの編集者も知っていますから、「これについてちょっとブリーフィングしてくれよ」と言えばいい。

問題は、誰が判断するか? 誰が判断できるか?ということです。これがいちばん大切です。

――要は、長年やってきた蓄積と判断力の確かさということですね。

いやいや、それは自信がないですよ。野球では1割バッターっていうのはダメで、お払い箱になると思いますけども。2割5分ならこれはちゃんとしたヒット率じゃないですか。4回で1本です。翻訳もので5000、6000、7000、8000部売れるんだったら。2割5部(の成功率)なら、もう非常に判断力が鋭いと言わなくちゃいけないし、僕はそういう人を尊敬しますね。アメリカで売れても日本で売れない、アメリカで売れなくても日本でも売れるということもありますから。

イシグロさんの話に戻ると、ご夫妻と話していて自らが読んだ本を教えてくれることがあるのですが、その本をまったく別の人が話題にしていたなんてことがある。「どっかで聞いたことがあるな」と自分のノートを見ると、すでに書いてあるんです。

――こっちの情報と別の情報が一気につながるという感じですね。

そうです。そういうことがあります。作家の方が私に推薦する本がすべて正解だとは思いませんけれども、作家が、特に世界の超一流の作家が「これに感動したよ」と、「これは日本で出しといてもいいんじゃないか」って言うことは、やっぱり傾聴に値すると思いますね。

知らないことは、必ずメモを取りますね。たとえばイタリア語は知らないから、イタリア人の名前がわからない。「名前をちょっと書いてよ」って、その場で書いてもらう。

人が好きでないと務まらない

――50年間の経験の蓄積は大きいと想像します。人とのつながりは一朝一夕にはできませんね。何か意識していることは?

人が好きなんですよ。僕は。会ったことがない人、うわさで聞いているけど、会ってみたいなという人がたくさんいる。そういった人間に好奇心と関心があります。それは老若男女に関係なく。

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