フィルム時代は、50歳が限界といわれていた
そもそも当時と今ではフォトグラファーを取り巻く状況が異なる。出版不況や紙媒体の減衰といったマイナスの要素も少なからずあるが、デジタルが主流になったことでプロとして活動できる期間が伸びた側面もある。
「フィルム時代は、体力や視力の問題から50歳が限界といわれていました。今はデジタルの補正が可能だから、撮影現場でそこまで根を詰めてライティングしたりホコリを除去したりしなくても何とかなりますし、トータルの作業時間も抑えられるんですよ」
それでも10年の延命は無理とみる。
「こちらが年上になりすぎると発注する側が頼みづらくなるというのは避けられないですからね。いろんな同業者の方をみても、60歳まで現役というのは難しいでしょう。せいぜい5~6年延命すればいいほうだと思っています」
では55~56歳の先にはどんなロードマップを描いているのだろう。
「今から10年後、60歳の頃は広告写真家は厳しいわけだから、違う稼ぎ口を見つけているんじゃないかと思います。それが何かはわかりませんが、種はまいています」
福永さんはつねに5年後を見据えて動いている。5年後の自分や家族が普通に食べていけて、社会のなかで自らの居場所をきちんと確保できるように。日々の情報収集も、クライアントへの企画提案も、すべてはそこにつながっている。今年に入って、あえて信用金庫から研究開発費の名目で融資を受けたが、これも将来への種まきだ。
「金融機関から借金して順当に返済しているという実績が欲しかったんですよ。一度融資を受けて社会的な信用が生まれたら、次の融資が受けやすくなる。すると将来大きな案件を受けたときに力になってもらえるわけです」
そうしたおカネの借り方を教えてくれたのは、やはり父だった。職種は違えど、職人として、自営業者として、受け継いだものは大きい。
仕事はおカネを稼ぐためであり、自己実現の場でもある。5年後はまだわからないが、少なくとも20年近く前から現在まで広告写真の第一線で活躍している。その福永さんは、仕事の目的=写真を撮る目的についてこう話していた。
「撮った写真がもとで商品が売れることです。クライアントが喜ぶとかじゃなくて、自分の作家性を高めるとかでももちろんなくて、広告写真はその商品が売れることが目的です。それ以外は手段でしかありません」
3時間にわたるインタビューの後も、福永さんは飄々(ひょうひょう)といつもの仕事に戻っていった。
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