「ご本人が居留守を使っていたようで、サポートセンターの職員もなかなか会うことができなかった」。同センターを所管する気仙沼市の高齢介護課の課長は取材でこう説明した。
同席した生活保護の担当部署の課長によれば、保護の申請は出ていなかったという。「ご本人から明確なSOSがなければ、なかなか対応は難しい」。生活保護担当部署の課長は支援の限界について語った。
市役所は手をこまぬいていたわけではなかった。アヤさんは震災前から母親と同居していたが、震災から2年後に母親が病気で亡くなり、家計の支えだった母親の年金収入が断ち切られた。アルコール依存症もあり、サポ-トセンターによる見守り活動でもフォローが必要なケースに挙げられていた。
アヤさんはコンビニエンスストアで働いていたこともあったが、仕事に突然来なくなり、周囲をやきもきさせた。うつ症状も悪化し、仮設住宅の自室に引きこもりがちになっていった。
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