ゲームは、やりすぎると現実を侵食してくる 英文学教授がゲームから学んだ大切なこと

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結果的に人生が変わってしまったわけだが、『ぼくの中の別の部分は、人から遠ざかる方向に育とうとしていた。』とあるように、少なくとも客観的には良い事とは言い切れない。ゲームにのめりこむことで類稀なる想像力を発揮させてしまった少年は、次第にゲームの世界にこもり、周囲の人々から遠ざかっていくことになるのだから。

たとえばダンジョンズ・アンド・ドラゴンズから派生した『バーズテイル2』をプレイして(実際のD&Dは一緒にプレイしてくれる友達を見つけることができなかった)、コンピュータのダンジョンマスターを相手にゲームを進めていく。

その想像力の発露がまた凄い。ゲーム内で彼は何度でも死に、何度でも生き返ることができる。それは明らかに仮想の不死性であり、本物の不死ではない──というが、幼少期の著者はそうではないのだと断言してみせる。『ほんの少しのあいだ、あなたは不死身になれる。』

“ぼくはこうしたいっさいのことを『バーズテイル2』を手に入れてからひと月としないうちに学んだ。11歳で。こういうのは両親の世代から一度も学んでこなかったことだ。なのに、ぼくは性的な感情を経験するよりも早く、不死者であることの本質的な感情を経験した。それが母さんを死ぬほど怖がらせた。”

母親を死ぬほど怖がらせた件については、この時代も関係している。にわかにあらわれ子どもたちの興味と関心をかっさらっていったダンジョンズ&ドラゴンズは、子どもを悪魔崇拝の道に引き込むと話題になっており、学校の暴力沙汰の原因、人生をめちゃくちゃにするとまで言われていた。そんな状況なので、ゲームは悪だと唱える母親によってゲームは取り上げられてしまうが、そうした時代背景も含めて「ゲームと人生」の対応関係が描き出されていく。

現実逃避だけじゃない

著者の人生はなかなかに過酷で、スクールカースト最底辺が当たり前、「このD&Dプッシーが。魔法を使うつもりか?」と虐められ、大学にいけばコンピュータゲームをやめないのなら論文は絶対に終わらないと脅され、両親は離婚し、母親からはただの現実逃避なんだから新しいゲームなんか買わずに「スーパーマリオブラザーズ」で充分だろうと気楽に言われる。

だが、本書が教えてくれるのはゲームが与えてくれるのは“ただの現実逃避じゃない”という端的な事実だ。著者は宇宙を舞台にした『エリート』で、太陽の真実の姿を錯覚し、『ウルフェンシュタイン』で、ただただおもしろさの果てに歴史の真実を知る。『ぼくたちはみんな、太陽が星だと知っている。でも、実際にそう見えているのだろうか? 太陽が星に見えたら、それは眼の錯覚だ。真実を見るには眼を錯覚させなければならない。『エリート』はこの錯覚ができるように眼を鍛えてくれた。ひとたび真実に開眼すれば、何ものもこれまでどおりではいられない。』

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