(第4回)再生医療への取り組み(その2)

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渡辺すみ子

●再生医療をサポートする産業

 関連産業でめだって多いのは、マトリクス、スカフォールドなどとよばれる、細胞を培養する際に用いる足場製品の開発であろう。現在の再生医療は、細胞治療による修復のイメージが強い、と述べた。ばらばらにした細胞を再生させるべき部分に注入して再生をはかることもあるが、角膜のようにある程度シート状の構造を体外で作ってから移植する場合もある。皮膚、骨などもそのようなケースである。

 しかし組織を培養皿の上で3次元的に構築させることは実は非常に難しい。体の中では3次元的な環境が発生段階にしたがってどんどん変化をとげていく。このような環境を体外で再現することが極めて重要になる。環境を構成する要因は、増殖因子や誘導因子の濃度の差、あるいは他の組織との接触である。この環境のなかで細胞は適切に増殖、分化、移動を繰り返し構造を作っていく。

 また一方で細胞がどのように分化するかは足場の微少環境に依存していると考えられ、これを人工的に変化を加えることで欲しい組織に細胞を分化させることも可能になる。この点に着目して様々な担体とよばれるいわば細胞の足場、支持体の開発の領域の重要性が増大してきた。足場はスカフォールドともよばれるが、例えば骨形成の細胞の足場を提供し、さらにそこに血管形成を促進するなどの精密な組織の再生も実用化をめざして研究が進展している。
図4-1:網膜の構造
 ヒトから両生類・魚類に至るまで、脊椎動物の網膜は3層構造をしている。図4-1aはゼブラフィッシュの目の横断面を青い色素で染色した写真であるが、網膜は厚くおおまかに3つの層で形成されていることがわかる。しかし2層目は外側と内側で質感が異なる細胞であるし、一番外側の層を電子顕微鏡で観察すると(図4-1b)細長い細胞が並び、その外側に何らかの構造体、さらに外側に黒い顆粒を持った細胞が存在することがわかる。
 この外側の視細胞の部分を図4-1cで示す方向で切ってみると極めて美しい整然とした細胞の並びが観察される。哺乳類の眼もほぼ同様の構造をとっているが、網膜は水晶体に対して薄く、視細胞の並び方は異なっている。
網膜ひとつとってみても幹細胞からこのように美しい3次元構造がつくられる過程に複雑な制御があることが予想される。

 分化した細胞は、自分の働くべき正しい位置へ何かを手掛かりにして移動していくことが知られている。例えば、網膜よりさらに複雑な層構造をもつ脳では、ラジアルグリアという線維状の細胞が存在し、分化した神経細胞はラジアルグリアにしがみつき、よじ登るようにして目的地へと移動していくと考えられている。このような物理的な手掛かりのみならず、何らかの分子の濃度勾配を関知して細胞が移動していく場合もある。

 このように、細胞をとりまく分子や構造といった環境(環境も細胞そのものである場合も多い)が器官形成にはきわめて重要であり、それを培養皿でいかに再現するかが組織の再生の重要な鍵となる。
図4-2:網膜の器官培養
 まだ分化をしていないマウスの胎児の網膜を体外にとりだして、そのままほぼ完全な網膜を培養によってつくることができる。化学繊維のメッシュの上にとりだした網膜をそっとおいて、培養液は網膜にぎりぎり触れるくらい、という条件を維持してやらないと細胞分化の効率も悪く、3層の構造をとることがない。
 図4-2に示すのが培養皿の写真であるが、メッシュの上にのっている小さな白い物がマウス胎児から取り出した網膜である。直径2mm程度。
※図4-1b、cは東京大学医科学研究所相良洋博士撮影。他は渡辺研究室で撮影。
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