電通過労死事件「罰金50万円」は軽すぎないか

現行の労働法規では抑止力になりえない

今回の裁判で罰金50万円の判決が下ったのは、電通という「法人」に対してだ。労働基準法上の刑罰は「個人」と「法人」の両方に科することができるが、これまでの運用を見ると、「個人」が起訴されたり刑罰を科されたりした例は極めて少ない。

実際、電通事件において、過労自殺した新入社員の高橋まつりさん(当時24歳)の上司を含む幹部社員は「起訴猶予」という処分になり、法的には前科もつかない扱いとなった。

このような実務上の運用に盲点がありそうだ。

現行の労働基準法の枠組みにおいても、部下に違法な長時間労働を命じた上司や、それを会社ぐるみで黙認した幹部社員には6カ月以下の懲役を求刑することができる。それにもかかわらず、司法手続きの実務運用として、ほとんどが起訴猶予処分として処理されるため、過重労働などに対する実質的な抑止力が働いていないということだ。

もし、労働法の個人への罰則が厳格に運用されていて、高橋さんの上司が「こんな過酷な残業をさせて、高橋さんに何かがあったら、私は懲役刑を受けて刑務所に入らなければならないかもしれない」という認識を持っていたら、どこかで歯止めがかかり、高橋さんの命が救われたかもしれない。

個人の責任はどこへ?

「法人」というのは法的に作り上げられた疑似人格であり、その法人に罰金が科されたとしても、法人の構成員は誰も直接的に痛みを感じることはない。電通事件に限らず、一般的に長時間残業を命じた上司は「立場上、仕方がなかった」などと、組織との関係を持ち出し、自己弁護に走ってしまいがちである。

もっと言えば、罪の意識すら持たない上司もいるようだ。私が過去にある個人から相談を受けたケースがある。彼は精神疾患で休職に追い込まれたが、追い込んだほうの上司から「君のメンタルが弱かったからこういうことになったのだ」と言われて非常にショックだったという話を聞いた。

企業経営者や幹部社員に、部下の命や心身の健康を預かっているのだという自覚と責任を持って労務管理に取り組んでもらうよう、法的側面から促していくには、悪質性の高い労働基準法違反事件に対しては、法人に罰金刑を科すだけにとどめず、個人の責任をしっかりと問いただしていく必要がありそうだ。

理想論としては、罰則などなくとも、「会社と社員」「上司と部下」が対等な立場でお互いを尊重し合い、働きやすい職場づくりが行われることである。

しかしながら、現実的には「会社と社員」「上司と部下」には歴然とした力関係に差があり、すべての会社や上司が社員や部下のことを考えて労務管理を行っているとは言えないので、立場の弱い社員を守るためには法律の力が必要である。過重労働による心身の傷病や、過労自殺の被害者を1人でも減らすため、抑止力を高めるという観点での実効性を鑑みたうえでの労働法規の見直しは議論の余地がある。

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