日本人にとって「天皇制」は何を意味するのか

「ポピュリズム」に対抗する政治的エネルギー

「これはまじめに言うんだけれども、たとえば安田講堂で全学連の諸君がたてこもった時に、天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う。(笑)これは私はふざけて言っているんじゃない。常々言っていることである。なぜなら、終戦前の昭和初年における天皇親政というものと、現在いわれている直接民主主義というものにはほとんど政治概念上の区別がないのです。これは非常に空疎な政治概念だが、その中には一つの共通要素がある。その共通要素は何かというと、国民の意思が中間的な権力構造の媒介物を経ないで国家意思と直結するということを夢見ている。この夢見ていることは一度もかなえられなかったから、戦前のクーデターはみな失敗した。しかしながら、これには天皇という二字が戦前ついていた。それがいまはつかないのは、つけてもしようがないと諸君は思っているだけで、これがついて、日本の底辺の民衆にどういう影響を与えるかということを一度でも考えたことがあるか。これは、本当に諸君が心の底から考えれば、くっついてこなければならぬと私は信じている。それがくっついた時には、成功しないものも成功するかもしれないのだ。」(三島由紀夫・東大全学共闘会議駒場共闘焚祭委員会、『討論 三島由紀夫vs.東大全共闘』、新潮社、1969年、64~65頁、強調は内田)

反米愛国の尊王的ナショナリズム

この発言から私たちが知れるのは、三島が日本の政治過程において本質的なことは、綱領の整合性でも、政治組織の堅牢さでもなく、民衆の政治的エネルギーを爆発的に解発する「レバレッジ」を見いだすことだと考えていたことである。そして、その「レバレッジ」は三島たちの世代においては、しばしば「天皇」という「二字」に集約されたのである。あえて「世代」を強調したのは、三島と同世代の思想家たちはほとんど同じことを別の文脈で(しばしば「天皇」という語を伏せたまま)語っていたからである。

「民衆の爆発的なエネルギーと触れ合うことのない政治は無力だ」という実感は、三島由紀夫も吉本隆明も、あるいは江藤淳も大江健三郎も鶴見俊輔も持っていたと思う。

それも当然だと思う。この世代の人々は、おのれ自身の少年時代において、その「爆発的なエネルギー」のうちに巻き込まれて死ぬことを特に理不尽なことだと思っていなかったからである。「国家意思と直結した仕方で死ぬ私」という先取りされた死の実感をこの世代の人たちはその少年時代に原体験として有していた。

人によってはそれがエロティックな法悦をもたらしたかもしれないし、人によっては身を引き裂かれるような痛みをもたらしたかもしれないが、いずれにせよ、政治的幻想がおのれの固有の身体においてありありと受肉した経験というものを彼らは持っていた。そして、リアリティの絶対値においてそれに匹敵する経験を、彼らは敗戦後の日本ではついに見いだすことができなかったのである。

三島由紀夫が東大全共闘の思想と運動のうちに、「勤皇の志士」と同質の政治的資質を見出したのは炯眼(けいがん)というほかはない。というのは、戦後日本の政治運動のうち、ある程度の民衆的高揚を達成したものは、いずれも「反米愛国」の尊王的ナショナリズムから大きなエネルギーを備給されていたからである。

60年安保闘争は表層的には日米安保条約という一条約の適否をめぐるもののように見えるけれど、本質は「反米愛国」のナショナリズムの運動である。そうでなければ、あれほど多くの市民が仕事を休んでまで国会デモに駆けつけたことの意味は理解できない。

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