日本人にとって「天皇制」は何を意味するのか 「ポピュリズム」に対抗する政治的エネルギー

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政治はもともと「常民」にとっては無縁のものである。外交条約の適否より「明日の米びつ」を心配するのが「常民」の真骨頂であり、そう言ってよければ、彼らの批評性の核心である。この批評性の前に一歩も退かない政治思想しかほんとうに社会を変えることはできない。

未完の本土決戦の幻影

内田樹(うちだ たつる)/思想家、武道家。 1950年生まれ。神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)、『死と身体』(医学書院)、『街場のアメリカ論』(NTT出版)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『街場の中国論』『街場の戦争論』(ミシマ社)、『日本辺境論』(新潮新書、新書大賞2010受賞)、『呪いの時代』(新潮社)、『街場の共同体論』(潮出版社)、『街場の憂国論』『日本の覚醒のために』(晶文社)、『属国民主主義論』(白井聡氏との共著、東洋経済新報社)など多数。2011年4月に多ジャンルにおける活躍を評価され、第3回伊丹十三賞受賞(撮影:ヒラオカスタジオ)

60年安保のときには少なからぬ非政治的な市民たちが政治化した。それを岸内閣の政権運営の粗雑さだけで説明することはできない。市民たちが立ち上がったのは、学生たちの「反米愛国」のうねりの彼方に「戦われずに終わった本土決戦」の残影を幻視したからである。

なぜ私がそんな危ういことを断言できるかと言えば、1968年の1月の佐世保での空母エンタープライズ号寄港阻止闘争のニュース映像をテレビで見たときに、17歳の私もそれに似たものを感じたことがあるからである。

テレビカメラが映し出していたのは、ヘルメットにゲバ棒で「武装」し、自治会旗を掲げた数千の三派系全学連学生たちの姿だった。私はその映像に足が震えるほどの興奮を覚えた。佐世保の現場と私のいる東京の家のリビングルームが「地続き」だということが私には直感された。それはヘルメットが「兜(かぶと)」で、そこに書かれた党派名が「前立て」で、ゲバ棒が「槍(やり)」で、自治会旗が「旗指物」だったからである。佐世保の学生たちは、ペリー提督率いる「黒船」襲来のときに先祖伝来の甲冑(かっちゅう)をまとい、槍と旗指物を掲げて東京湾岸に駆け付けた「侍」たちのスタイルをそれと知らずに再演してみせたのである。

カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』にこう書いている。

「人間は自分自身の歴史をつくるが、自分が選んだ状況下で思うように歴史をつくるのではなく、手近にある、与えられ、過去から伝えられた状況下でそうするのである。死滅したすべての世代の伝統が、生きている者たちの脳髄に夢魔のようにのしかかっているのだ。そして、生きている者たちは、ちょうど自分自身と事態を変革し、いまだになかったものを創り出すことに専念しているように見える時に、まさにそのような革命的な危機の時期に、不安げに過去の亡霊たちを呼び出して助けを求め、その名前や闘いのスローガンや衣裳を借用し、そうした由緒ある扮装、そうした借りものの言葉で新しい世界史の場面を演じるのである。」(カール・マルクス、『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』、横張誠訳、筑摩書房、2005年、4頁、強調は内田)
次ページ地域的な政治闘争を「世界史的な場面」に転換するため
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