日本人にとって「天皇制」は何を意味するのか

「ポピュリズム」に対抗する政治的エネルギー

三島が信じようとしたのは学生たちの「憂国の熱情」である。古めかしい言葉だけれど、三島は確かにそれを学生たちの内に感知したのである。そして、日本社会においては、それしか地殻変動的な政治的エネルギーを備給する情念は存在しないのである。

養老孟司は見抜いていた

アメリカの属国として、大義なきベトナム戦争の後方支援を務め、ベトナム特需で金儲けし、平和と繁栄のうちに惰眠をむさぼっている日本人であることを学生たちは深く恥じていた。その恥辱と自己嫌悪が学生たちの学園破壊運動の感情的な動機だった。

私はこの討論のちょうど1年後に同じキャンパスの空気を吸った。だから、全共闘の学生たちの屈託がどういうものか実感として知っている。彼らが「自己否定」というスローガンを掲げたのは、国に大義がないとき、その国においてキャリアパスを約束されている人間にも同じく義がないと感じたからである。「邦(くに)に道あるに、貧しくして且(か)つ賤(いや)しきは恥なり。邦に道なきに、富(とみ)て且つ貴(たっと)きは恥なり」(『論語』泰伯篇)という孔子の言葉を東大全共闘の学生たちはそのままほとんど愚直に受け止めたのである。

60年代末の学生運動がそれなりの政治的エネルギーを喚起できたのは「常民」たちを眠りから目覚めさせずにはおかない「尊王攘夷」の政治幻想に駆動されていたからである。それがついに学園から外に出て、市民社会に浸透することができなかったのは、学生たちの自己否定論につきまとう「君子固もとより窮す(君子は小人に先んじて受難する)」という旧制高校的なエリート意識の臭みのゆえである。絵解きしてみると、素材はずいぶん古めかしいのである。

養老孟司は全共闘の運動がある種の「先祖返り」であることをその時点で察知した例外的な人である。養老先生は御殿下グラウンドに林立する全共闘戦闘部隊の鉄パイプを見たときに戦争末期の竹槍教練を思い出したと私に話してくれたことがある。それを聞いたときに、吉本隆明が転向について言ったのと同じことが全共闘運動についても言えるのかもしれないと私は思った。学生たちがそれと知らずに、「過去の亡霊たち」に取りつかれたのは、まさに「侮りつくし、離脱したとしんじた日本的な小情況から、ふたたび足をすくわれたということに外ならなかったのではないか。」

吉本は戦前の共産主義者たちの組織的な転向についてこう書いた。

「この種の上昇型のインテリゲンチャが、見くびった日本的情況を(たとえば天皇制を、家族制度を)、絶対に回避できない形で眼のまえにつきつけられたとき、何がおこるか。かつて離脱したと信じたその理に合わぬ現実が、いわば、本格的な思考の対象として一度も対決されなかったことに気付くのである。」(「転向論」、『吉本隆明全著作集13』、1969年、勁草書房、17頁、強調は内田)
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