奨学金の借金1100万円、早大生の貧困と苦悩 通い続けるべきか、それとも中退して働くか

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タクマさんが大学中退を考えるようになったのは、世間を知るにつれ、莫大な借金を負って社会に出ても、労働者の4割近くが非正規雇用であることや、20代半ば過ぎの就職活動は思ったよりも厳しいといった現実が見えてきたこともあるが、こうした母親への罪悪感も理由のひとつだという。私が、母親のいちばんの望みは息子が卒業することなのでは、と水を向けてもなお、「少しでも早く母親を助けたい。卒業か、中退して働くか。今は五分五分です」という。

「怖くて何も言えない」

タクマさんに話を聞く中で、ひとつ気になることがあった。口数は少ないながら、問われれば何でも端的に答える彼が「政治や社会に対する不満」について尋ねると、途端に歯切れが悪くなるのだ。何度聞いても、それは同じだった。

取材を終え、大学の近くを歩いた。見慣れた風景にリラックスしたのか、タクマさんがふいに「自己責任って言われちゃうと思うんです」と切り出してきた。NHKの番組で紹介された「貧困女子高生」の例を挙げ、貧しいと言いながら、実際には余裕のある生活をしているとして、女子高生が猛バッシングされた様子に「ここまで批判されるのかと驚きました」と言う。

大学では普段から、社会や政治の問題に無批判な学生が多いことに「気持ちの悪さ」を感じていたが、案の定、一連のバッシングに賛同する友人は少なくなかった。明日の食べるものがなくなるまで追い詰められないと貧乏とは言えないかのような主張に反発を覚えると同時に、自身の家庭環境や経済状況もきっと「家族を捨てた父親が悪い」「経済力もないのに、養育費ももらわずに離婚した揚げ句、商品の買い取りをさせるような仕事を選んだ母親が悪い」「高校を中退したお前が悪い」と言われるのだと思った。

「悩みを打ち明けても、自己責任と片付けられたらどうしよう。自分が悪いのに要求なんてするべきじゃないと言われたらどうしよう。そう思うと怖くて何も言えないんです」

自己責任論を全否定するつもりはない。しかし、多くは弱者たたきだ。タクマさんの話を聞くかぎり、責任を負うべきなのは、母子家庭のほとんどに養育費が支払われていない現状や、母子家庭の平均年収の低さを放置している政治であり、働き手を雇用事業主扱いして商品の買い取りを強いたり、最低賃金以下で使い倒したりする会社である。何より安易な自己責任論は、弱い立場にある一人ひとりから言葉を奪う。

「助けが必要なときに、助けてほしいと言える社会になってほしい」というタクマさん。今はこれが精いっぱいの訴えだという。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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