「銅像撤去問題」が示す米国の分断と人種差別 米国南部に今も残る南北戦争の傷跡

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米国南部にはこんな意見も多い。南北戦争時代の南部連合に関する記念碑は、過去を伝える「遺産」として保護されるべきだ、と。

ここにある問題は、歴史はいつも中立とは限らないことだ。過去を語り、文化遺産の中に記憶をとどめる行為は、自身を共同体としてどう見るかという問題につながる。そこでは国民の総意が必要だが、総意など普通は存在しない。特に内戦状態のような国では。

リー将軍像が「危険」な理由

戦後ドイツの問題は割と単純だ。東西ドイツがともにナチスドイツと正反対の未来を目指していたからだ。第三帝国のノスタルジアにしがみつこうとしたのは、一部過激派にすぎない。

にもかかわらず、ドイツ当局は今に至るまでナチスを想起させる行為やビジュアルの掲示を禁止してきた。暗黒の歴史が繰り返されるのを恐れているからだ。

英国の近代史は、ドイツほどトラウマに満ちていない。ローズやネルソン提督の考え方は、彼らの時代にはまずまず標準的なものだったとはいえ、今となっては流行らないのは明らかだ。ネルソン提督像やローズ像に刺激され、奴隷制やアフリカの植民地化を主張し始める英国人が出てくることは、ありえない。

だが、米国南部の住民の多くにとって、南部連合の記念碑は今もアイデンティティの一部である。正常な精神の持ち主なら、誰も奴隷制復活を主張しないだろうが、それでも古き南部への郷愁は人種差別の色を帯びている。だからこそリー将軍像は危険であり、多くの人が撤去を望むのだ。

南部の怒りが政治的なものである以上、この問題に完璧な解決策はない。南北戦争の傷は今も癒えていない。南部の田舎の住民は貧しく、教育水準も低く、都市部エリートから無視され、見下されていると感じている。だからこそ、あれだけ多くの有権者がトランプ氏に票を投じたのだ。銅像を撤去したからといって解決するような問題ではなく、事態をさらに悪化させる可能性すらある。

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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