「経済は成長しなければならない」は正しいか 「ル・モンド紙」論説委員が語る21世紀の危機

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経済学者ロバート・ゴードンらによると、ポスト工業社会は真の意味で新しい消費社会をつくり出さなかったという。消費者は、スマートフォンを除けば、電球、自動車、飛行機、映画、エアコンにはじめて接したときのような衝撃を覚えなかった。デジタル社会では、労働者はレモンのように徹底的に搾られるが(生産側)、デジタル社会が生み出す世界(消費側)には、その象徴であるタブレットやスマートフォンがすでにあふれかえっているのだ。

新たなテクノロジーの信奉者たちは、自分たちが信じる明るい未来像を提示しながらそうした反論を一掃する。「トランスヒューマン(人間改造)」計画などを例に挙げ、自己の肉体と知能を向上させ、それらの機能を高めるための生物学および情報工学の観点からみて斬新な臓器を、誰もが手に入れられるようになるという。マイクロプロセッサーがもっと進化すれば、われわれは自分たちの脳にあるすべての情報をUSBメモリに記憶させることができる。そうなれば自分たちのパフォーマンスは高まるはずだ……。

人間改造計画の提唱者レイ・カーツワイルは、「われわれは生物学の範疇を超える」と力強く宣言するだけでなく、人間はいずれ不死になるだろうと語った。遺伝子革命が情報革命よりも経済成長をもたらす根拠は何もない。だが人間改造計画が、見通しというよりも、革命的な変化が生じるのではないかと信じたい、われわれの抑えがたい欲求の証しであるのは明らかだ。

われわれは無限という「呪い」から逃れられるのか

現代社会が存続するには経済成長がどうしても必要だが、経済成長を見いだすために現代社会はどこまで突き進むつもりなのだろうか。今日、われわれはフィリップ・K・ディックの小説を原作とする映画『ブレードランナー』で描かれた衰退しつつある近未来の入り口に立つ。

映画では、ロサンゼルスの大気汚染は深刻な状態にあり、遺伝子工学を駆使する産業はさらに完璧なクローン人間を製造する。製造されたクローン人間は、非人間的な作業に従事する奴隷になる。ハリソン・フォードが演じる主人公は、反乱を起こすサイボーグ狩りの任務を与えられる。ところが、主人公は女性のアンドロイドと恋に落ちる。

自分が人間でないと知られてしまったとき、彼女は、自分の生活がいかに孤独であるかを訴える。ロボット、サイボーグ、地球温暖化、都市の大気汚染など、悪夢のような世界において、人類は精神的および環境的に「余裕のない」状態で暮らす。

ジョルジュ・バタイユは著書『呪われた部分』において、「あらゆる部分からそれらの可能性の果てまで行きたがる」人間社会に繰り返し現れるそうした呪いを、人間はあたかも真実を把握する唯一の方法だと信じていると分析した。われわれは、この呪いから逃れられるのか。

啓蒙思想との新たな出会いを、われわれは確固たる考えもなしに無駄にしようとしているのではないか。われわれは不安という罠(わな)に陥ることなく、自主独立と自由の価値に啓蒙思想的なチャンスを与えられるのか。

今度は数十億人の人々が工業社会の仲間入りをする時代において、自分たちの時代を知的なものにするために、われわれは地球規模での「混沌状態」への突入を避けられるのか。

以上が、われわれの世界が有限であるがゆえに回答しなければならない重大な問題だ。それらの問題は、人間の欲望と人類史を理解するという壮大な旅へと誘う入り口となる。

(訳:林昌宏)

ダニエル・コーエン パリ高等師範学校経済学部長、『ル・モンド』論説委員

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Daniel Cohen

1953年チュニジア生まれ。フランスを代表する経済学者であり思想家。エリート校であるパリ高等師範学校(エコール・ノルマル・シュぺリウール)の経済学部長。2006年には、経済学者トマ・ピケティらとパリ経済学校(EEP)を設立。元副学長であり、現在も教授を務めている。専門は国家債務であり、経済政策の実務家としても活躍している。また、『ル・モンド』紙の論説委員である。著書は多数あり、アメリカをはじめとして世界十数ヵ国で翻訳出版されている。邦訳書には、『迷走する資本主義』(林昌宏訳、新泉社)、『経済と人類の1万年史から、21 世紀世界を考える』『経済は、人類を幸せにできるのか?』(ともに林昌宏訳、作品社)がある。

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