グルジア戦争は、米ロのウクライナ争奪をめぐる前哨戦
2014年に冬季五輪がロシアの保養地であるソチで開催される。ソチとアブアジア自治共和国は目と鼻の先にあるだけに、ロシアにとっても関心の高い地域である。
グルジアにとってもグルジア人が多数を占めていた、経済的にも価値の高いアブハジアは、「南オセチア以上に奪い返したい地域」(廣瀬陽子・静岡県立大学国際関係学部准教授)である。
2003年グルジアで「バラ革命」が起きた。権力を握ったのは欧米で教育を受けて、
欧米で働いた経験のある自由主義的な考えを持つ若いエリートたちである。
サーカシビリ大統領は1967年生まれ。米国のコロンビア大学、ジョージ・ワシント
ン大学で法律を学び、ニューヨークの法律事務所で働いた経験がある。
サーカシビリ政権は、グルジアの領土保全と主権を守ることを公約して、選挙に勝利し
ただけに、2つのこ「国家内国家」の分離独立に断固として反対する。
今回のグルジアの無謀とも思える「侵攻」もこうした事情がある。
グルジアは長い歴史を持ち、4世紀にアルメニアに次いで2番目にキリスト教を国教とした由緒のある国で、良質のワインの産地として知られ、世界有数の美人国といわれている。大相撲で活躍する黒海の故郷でもある。ただ、その面積は北海道ほど、人口も440万人しかいない。単独ではロシアに対抗できない。グルジアの頼みはNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、領土保全と主権の維持を図ることだ。
今年の4月、グルジアのNATO加盟に向けた行動計画(MAP)がNATO首脳会議で検討されたが、「ウクライナ、グルジアがNATOに加盟するなら、軍事的手段もとる」というロシアの脅しによって頓挫している。とくにフランス、ドイツなどはロシアの天然ガスに4分の1を依存しているだけに、脅しに弱い立場にある。
12月にもう一度、ウクライナ、グルジアのNATO加盟が検討されるが、8月のグルジア戦争を見る限り、ロシアの強硬な反対が予想される。
マチャワアリーニ駐日グルジア大使は、「ロシアの指導者(プーチン首相)はKGBの将校だった人物であり、西側を敵視する考えを持つ人物である」と批判する。現在、「ロシアはグルジアの政権を打倒しようと軍事的圧力だけでなく、首都トビリシへの道路を封鎖するなど経済的な手段でもグルジアの政権を転覆しようとしている」と語る。
ロシアの目的は、「(米国の影響力が弱まり)多極化が進む世界の中で最強の国になりたいと思っている。ソ連崩壊後失った領土をあわよくば取り戻したいと考えている。グルジアはその試金石である。グルジアにかんする西側の抵抗の大きさを試そうとしている。世界は新たな冷戦の時代に入ろうとしている」と予測する。
1945年5月、独ソ戦に勝利したソ連はその勢力をドイツの半分と東欧にまで広げた。それから半世紀後、ソ連崩壊後、ロシアは東欧、バルト3国、ウクライナ、南コーカサス(グルジアなど3国)、そしてカザフスタンなど中央アジア諸国を一気に失う。
帝政ロシア、ソ連が300年間もの間、膨大な犠牲を払って得た勢力圏を失い、17世紀の振り出しに戻ったかたちである。これにいらだつロシア国民はこれ以上西側の勢力(NATOやEU)が旧ソ連圏におよぶことに反対である。それを実行するプーチン首相を支持している。その試金石が北コーカサスのチェチェン独立阻止であり、今回のグルジア戦争である。
ウクライナのNATO加盟、EU加盟の動きはグルジア以上にロシアにとって深刻な問題である。なぜならドニエプル川東部の左岸ウクライナには帝政ロシア、ソ連時代の心臓部ともいえる地域であり、現在でも800万人以上のロシア人が住んでいる。
このウクライナがNATOとEUに加盟することは、ロシアが17世紀の線引きのままに西側に封じ込められることを意味するからだ。
グルジア戦争はその前哨戦ともいえる。
一方、米国もグルジアを見捨てられない理由がある。現在のグルジア政権は米国と価値観を共有しており、イラク戦争でも2000人の軍隊を派遣してくれた「同盟国」である。ここでグルジアを見捨てれば、NATOとEUの傘下に入ったポーランドなど東欧諸国と西側と運命をともにすることを決意したウクライナに大きな影響を与えることになる。
歯に衣を着せずに語れば、グルジアは小国であり、ましてその中の「国家内国家」は人口7万人(南オセチア)、から20万人(アブハジア)たらずの国である。
経済的にはどうでもよい存在である。だが、第一次世界大戦がセルビアとオーストリア・ハンガリー帝国がボスニアヘルツェゴビナという人口が少なく、経済的にも遅れた地域の争奪戦が引き金になったことを想起すると、現在のグルジア戦争も軽視できない深刻な問題でといえる。
(内田 通夫 =東洋経済オンライン)
写真はロシア国営テレビより
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