「明治時代の精神に学べ」ブームの危険な罠 「明治翼賛」一色のありように感じる違和感

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「白河戊辰150周年記念事業」に取り組む福島県白河市の担当者は言う。

「まずは白河戦争(白河口の戦い)を地元の人々や子どもたちに周知・継承するのが目的です。対外的なアピールも図りたい」

白河は幕末の奥羽越列藩同盟と新政府軍(薩摩、長州藩など)の激戦地となり、多数の死傷者が出た。白河の人々は、敵味方問わず兵士を葬り、市内には多くの碑などが残る。市は来年の慰霊祭を記念事業のメインイベントに据えている。

旧薩長土肥の動きについて前出の担当者は「お国自慢になるのは仕方がないが、さまざまな角度から歴史を見るきっかけにもしてもらいたい」と話す。

女性の権利の観点から「明治」はどう評価されるのか。女性史研究家の加納実紀代さんは「明治は女性の抑圧を国家の制度として確立した時期」と話す。

「民法で女性を準禁治産者扱いし、高等教育や政治参加を禁じて『良妻賢母』の枠に封じ込め」(加納さん)、男性との「差別」を制度として確立したのは明治期だからだ。これが根本的に転換されるのには、日本の国家体制が崩壊する1945年の敗戦を待たなければならなかった。実際にはいまも、日本は、政府が「女性活躍」を叫ばなければならない状態にある。

「記憶の上書き」のおそれ

高度成長期の68年に政府が「明治100年」記念事業を催した際、歴史学研究会や日本史研究会は「歴史の見方をゆがめるもの」と反対声明を発表した。

加納さんは当時と比較し、

「戦前と戦後をつなげて顕彰するような動きに対し、一番敏感に反応しなければならないのは歴史家なのに……」

と現状を憂う。

前出の奈良氏はこう唱える。

「経済大国としての特権を享受できなくなったいま、行われようとしているのは、後ろ向きで自己満足な『神話』への逃避です。近代の出発点として、その功罪をいま一度、総合的に捉え直す作業に取り組まないと、心地よい内向きの神話にのみ込まれてしまいます」

内閣官房の関連施策推進室は、「多くの人に(国の)将来を考えてもらうきっかけになれば、と考えています。(「明治」をめぐる評価については)政府として特定の人の意見が正しいか、間違っているかまで踏み込むことはありません」としている。

加納さんは言う。

「来年は平成最後の年になり、歴史への関心が高まるでしょう。そうした中で政府主催の『明治150年』記念行事が行われると、『明治』以後の歴史を肯定一辺倒に染める形で記憶が上書きされる恐れがある。一方的な歴史認識が拡散・定着しないよう注視する必要があります」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2017年8月14-21日号

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