45歳男性がゴミ屋敷で怒りをブチまける事情 「私のような障害者に必要なのは公助だ」

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毎月の出費にはいま少し節約の余地があるし、日用品は、格安商品券を使って百貨店で買うより、大型スーパーなどのほうが断然、安くつくのではないか。それとなくそう指摘したが、タイチさんは耳を貸そうとしない。やり取りが険悪になりかけたところで、私があきらめて言葉を飲み込むと、彼が突然、こんなことを言った。

「私のような障害のある人間に、自助とか共助とかを簡単に持ち出されても困るんです。自助、共助という言葉にどんなに苦しめられてきたか。私に必要なのは公助なんです」

貯金があるため生活保護を受給できない

確かに、特定の物事へのこだわりが強く、社会的コミュニケーションを取ることが難しいとされるアスペルガー症候群の人にとって、自助や共助だけでは、限界があるだろう。では、公助とは何か。タイチさんは現在、100万円ほどの貯金があるため生活保護を受けることはできない。生活保護に至る前段階の第2のセーフティネットといわれる「生活困窮者自立支援制度」の利用もない。一定割合以上の障害者の雇用を義務付けた障害者雇用促進法や、障害者差別解消法などの法整備は進んでも、彼が正規雇用の仕事に就けず、地域や人間関係の中で孤立している状態は何ひとつ改善されないままだ。

タイチさんには、ファミリーレストランで食事をしながら話を聞いた。彼がフォークとスプーンをきれいに使ってクリームパスタを食べる様子を見ながら、両親、特に母親が大切に育て、しつけたのだろうと想像した。

死にゆく間際、母親には無理やり入院させられたことへの恨みはなかったのかもしれない。ただ、生きづらさを抱え、地域や社会に居場所がない息子のことが心配で、心残りだったのではないか。私たちの社会が、アスペルガー症候群などの障害を抱える子どもの親が安心して先に逝ける社会を目指すべきなのだとしたら、その理想は、いまだはるか遠い。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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