45歳で逝った「奇跡の投手」を支えた妻の献身

盛田幸妃が送った壮絶なプロ野球人生の裏側

以来、幸妃さんは、弟の写真を肌身離さず持ち、高校までは背番号に縫い付け、プロになってからは、ポケットに入れてプレーしていた。そんな家族思いの一面を知り、倫子さんは、ますます幸妃さんに惹かれていく。幸妃さんの家を訪れるたびに、遺影に、水を供えるようになった。

2人は1995年12月、3年の交際期間を経て、結婚。倫子さんは仕事を辞め、夫を支える道を選んだ。幸妃さんの年俸は9500万円にまで上昇。2人の生活はまさに順風満帆だった。

結婚3年目、夫婦を襲った悪夢

ところが結婚3年目、突如として思いもかけない悪夢が襲いかかった。この頃、幸妃さんは近鉄に移籍しチームの本拠地・大阪へ。倫子さんは、2人の自宅を構えた横浜で別々に暮らし始めた。

そんな、ある日のこと。幸妃さんが久しぶりに横浜の自宅に戻ったその日の夜、眠っていた倫子さんは、突然、大きな揺れを感じた。その揺れの正体は、幸妃さんの右足のひどい痙攣(けいれん)だった。倫子さんが問い詰めると、幸妃さんはこれまでそれを隠していたことを告白。数カ月前から何度も起きていたという。

ただ、この年は新しい球団に移籍したばかり。早く活躍して認められたいと、その事実を誰にも話さず、マウンドに上り続けていた。この夜の右足の痙攣は1分ほどで治まったが、倫子さんは見過ごせなかった。

幸妃さんは、心配する妻の言葉を受け入れ、病院で検査を受けることに。そして、思いもしなかった事実が判明した。脳腫瘍。直径6センチメートルの大きなもので、これが手足の動きをつかさどる運動野と呼ばれる部分を圧迫し、右半身に異常を引き起こしていた。命にかかわる危険もあった。

事の重大さに、倫子さんは言葉を失った。そして、幸妃さんが入院し手術の準備をする中、倫子さん1人だけが医師に呼ばれ、衝撃の事実が伝えられた。

「手術が成功したとしても、幸妃さんが野球をできるようになる確率は極めて低い」

倫子さんは、夫の希望を打ち砕く医師の言葉を1人で受け止めなければならなかった。復活を信じる夫に、そんな非情な事実を知らせるわけにはいかない。そんな過酷な現実を前に、幸妃さんの前では絶対に泣かないと誓い、毎朝鏡に向かって、笑顔の練習をした。

「自分の涙で、幸妃さんを不安にすることだけはしない」。必死に涙をこらえていた。

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