日本の不妊治療の現場に関する「2つの不安」 現場実務を担う「胚培養士」の実情

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具体的にいうと、日本で胚培養士になるためには、「日本卵子学会」による講習と筆記、面接試験により認定を受ける方法と、「日本臨床エンブリオロジスト学会」が技術検定と筆記試験により認定を受ける方法、この2つがある。

「日本では法律がなく、胚培養士はそれぞれの学会認定であり、国家資格とはなっていないため、出生児への影響まで含めて不妊治療の医療現場で何か問題が起きたとき、どこまでを胚培養士が責任を取るべきなのか、ということが課題です。現状では、胚培養士の責任の所在すら明確ではありません。何かが起きてからでは遅いのではないでしょうか。患者様ご夫婦のためにも、現場の医師や胚培養士のためにも、何よりも生まれてくる子どもたちのためにも、生殖補助医療業界全体として根本的に見直すことも急務であると考えています」

長年にわたり臨床精子学(ヒト精子の研究・臨床)をライフワークとしている産婦人科の黒田優佳子医師は現在の胚培養士の立ち位置に懸念を示す。

そのような状況下、筆者の調査・取材では、卵子・精子の取り扱いから培養作業まで、すなわち受精卵や胚の管理まですべての工程を胚培養士に任せる不妊クリニックが多くあった。クリニックによっては医師から患者に対し採卵後、胚培養士に連絡を取り「受精したのか」「受精卵が育っているか」などについて、直接確認をするよう指示されるところもある。しかし胚培養士が報告する内容はすべて主治医が把握したうえで指示したものというわけではなく、彼らに任せっきりにされている場合も少なくなかった。

こうした事実は意外に知られていない。はたして、医師ではない胚培養士が提供する情報は医学的にどこまで正確なのか。資格認定はどうあるべきか。諸外国と比べてどうなのか。もちろん高い意欲と豊富な専門知識、技術を持つ胚培養士もたくさんいるだろうが、生命の誕生にかかわる重要な問題であるのだから、もっと議論が必要なのではないだろうか。

それはほんとうにあなたの子どもか?

2009年2月19日に報道された、香川県立中央病院で起こった「体外受精卵取り違え事故」は8年経った今でも記憶に新しい。取り違えで妊娠した20歳代の女性は中絶という選択をした。

担当医は約15年間にわたり、1人で体外受精の治療を担当し、約1000例の体外受精を担当したベテラン医師だった。しかしあまりに忙しすぎてミスを犯してしまったという。命を司る仕事だからこそ、たとえうっかりミスであっても、取り返しがつかなくなる。どんなに医師の技術が優れていても、人間が行っているかぎり、ミスが起こることはありうる。その前提に立ったうえで対応策を講じなければならない。

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