ただし、「こんな『聖域』がいつまで維持できるのだろう」という気もする。アジアにおける日本企業や日本人観光客のプレゼンスは、相対的に見て確実に低下傾向にある。30年以上日本企業に勤めてきた「商社マンになり損ねたエコノミスト」としては、複雑な思いを禁じ得ない。それというのもこの花園飯店は、「日本企業がアジアで『お殿様』でいられた時代」の名残ではないかと思うのだ。
その昔、プラザ合意以降の円高に背中を押されるかのようにして、日本企業は大挙して中国や東南アジアに進出した。その当時は、資本と技術を持っているのはアジアでは日本企業くらいであったから、「どうぞウチに来てください」と引く手あまたであった。
まだインターネットも携帯電話もなく、海外では日本料理店もめったになかった時代、駐在員にとって海外での仕事や生活上の苦労は並大抵ではなかった。それでもアジアの大都市の夜の街には、現地の女性たちがちょっと怪しい日本語で、「あーら、ヤマグチさん、最近、ご無沙汰じゃないの」などと出迎えてくれる店がいっぱいできたものである。もっとも、そういう店に通ってお気に入りの女の子と会話しているうちに、瞬く間に現地語が上達した、なんて先輩たちもいたことを申し添えておこう。
「アジアで日本人は特別」は風前のともしびに
時は流れ、経済成長の中心は新興国に向かい、日本企業の競争力も徐々に低下することとなった。もはや日本人は「お殿様」とは見なされなくなり、韓国や中国の企業の追い上げに戦々恐々とする日々。「強い円」のご利益を感じられた時代も遠くなり、今じゃ物価高の上海でカラオケ屋などに入ろうものなら、客単価1000元(1元=16円)なんてところがザラなんだそうだ。海外駐在の苦労は昔ほどではなくなったが、日本人駐在員の地位も今では限りなく「平民」になりつつある。
こうなると、各地に残っている「日本人は特別扱い」のルールも風前のともしびではないか。いや、別に既得権にしがみつきたいわけではないのだが、「お殿様」だった時代を記憶する世代の1人としてはなんとも物悲しいものがある。もっとも、和風定食やウォシュレットは国際的な認知度が上がっているから、いずれ世界中どこでも「当たり前」になる日が来るかもしれないが。
ところで今回の筆者の出張は、上海の日本研究者たちとの経済対話に出席するためであった。日中の専門家同士で、「一帯一路」や「TPP(環太平洋経済連携協定)11」などの話題について語り合ったわけだが、当地には日本の大学で学び、日本語が堪能な日本研究者が大勢育っている。ただし「日本を研究していればメシが食える」という時代は過去のことになりつつある。もちろん彼らは、そのことに気づいてしまっている。
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