バブル期に乱立「鉄道系スキー場」の栄枯盛衰

大手私鉄が続々、JR東海も進出していた

JR東日本のGALA(ガーラ)湯沢スキー場(新潟県)は、東京駅から新幹線で75分、しかも駅直結という利便性を生かし、インバウンドからの人気も高い。バブル期に開業したスキー場の中では数少ない成功例といえる。

とはいえ、その道のりは平坦なものではなかった。JR東日本が地元自治体と共同で設立した運営会社は経営難から1999年に清算され、JR東日本があらためて設立した新会社がスキー場の経営を担っている(参照:あのGALA湯沢が今になって活況に沸く理由)。

さて、スキーブームの全盛期、鉄道系スキー場の主役といえば、何といっても苗場スキー場(新潟県)だろう。当時の運営会社は国土計画だった。オーナーが堤義明氏だったことから、西武鉄道とは切っても切り離せない関係だった。

苗場はリフト・ゴンドラ数を半減

苗場スキー場と苗場プリンスホテルはバブル期のスキーヤーのあこがれだった(写真:プリンスホテルズ)

万座スキー場(群馬県)、志賀高原焼額山スキー場(長野県)など、ホテルと一体的に運営される西武グループのスキー場は独自の人気を誇っていた。

とりわけ苗場プリンスホテルに宿泊して苗場スキー場でスキーをすることはスキーヤーのあこがれ。ゲレンデ直結、しかもプールがあったり、ユーミンのライブが開催されたりと、スキー以外の魅力も苗場プリンスにはあった。

カネがない貧乏スキーヤーは、近くの廉価な民宿に泊まって苗場スキー場に日参した。ゲレンデに押し寄せる大量のスキーヤーをさばくために、苗場には高速リフトやゴンドラが次々と造られた。1994年には道路を挟んで隣接するスキー場を買収し、苗場の別ゲレンデにしてしまった。

ただ、苗場もスキーブームの終焉から逃れることはできなかった。客足は落ち、ピーク時には24基あったリフトやゴンドラは12基に半減。1994年に買収したゲレンデやスキー場の両端のゲレンデも廃止した。

2004年の西武鉄道の上場廃止を契機に西武グループは経営危機に陥った。スキー場戦略は見直しを余儀なくされ、ニセコ東山(北海道)、鰺ヶ沢(青森県)などのスキー場とホテルは他社への譲渡を余儀なくされた。しかし、苗場はリゾート戦略の本丸として手放さなかった。

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