安倍首相が歴史に名を残すには何をすべきか いつまで「財政の大盤振る舞い」を続ける?

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私が明らかにおかしいと思うのは、政府がインフレで債務を返済すると宣言するようなことがあれば、富裕層による大規模なキャピタルフライト(資本逃避)が起こるというリスクが無視されてしまっているということです。

金融危機を起こすリスクが高まるだけ

過去の歴史を振り返れば、自国通貨の信認が失われかけたときには、キャピタルフライトがかなり高い確率で起こっています。民間債務が高水準に膨らんでいる中国では、自国通貨の信認が失われるというレベルではないにしても、今まさに富裕層の多くは人民元安が進むという懸念のもと、しゃにむにになって海外に現預金を持ち出そうとしているほどなのです。

インフレによる債務の返済が現預金の目減りを引き起こすというのは、誰も否定できない事実です。ですから、仮に日本が「物価水準の財政理論」に基づき財政の悪化を許容した場合、富裕層は国内のインフレリスクを回避するために、海外へ現預金の移動を推し進めることになるでしょう。富裕層のキャピタルフライトが起こった後は、置いてきぼりを食うのは庶民と呼ばれる人々です。とりわけインフレを回避する力がない低所得者や年金生活者は、富裕層や中間層より大きなコストを負担することになるというわけです。

シムズ教授はまた、インフレを起こすためには国債の魅力度を下げなければならないという説明もしています。国債が有望な投資先でなくなれば、政府債務に過度な資金が流入しなくなる一方で、民間への投資を増やすことができるというのです。その結果、需要を高めることができるというのですが、これも原因と結果を取り違えた本末転倒な話になっています。

そもそも日本で民間投資が活発化しないのは、人口減少社会では将来の需要見通しが悲観的にならざるをえないからです。そのうえ、国債による運用が成り立たなくなれば、国や企業の年金運用も成り立たなくなってしまいます。その帰結として、国民の将来不安はいっそう増すこととなり、消費もますます控えられることになるというわけです。さらには、国債価格が暴落するようなことがあれば、金融機関の資本が毀損し、金融危機が起こるリスクも高まってしまいます。

なぜこのような愚かな理論が成り立ってしまうのかというと、政府や中央銀行はインフレを制御する手段を持っているといった、傲慢で思い上がった考えがあるからです。シムズ教授によれば、行きすぎたインフレを金融政策で制御できなければ、緊縮財政(消費増税など)に転じれば対応は可能だというのですが、そんなことをしてしまっては、2013~2015年に円安によるインフレ税と消費増税のダブルパンチによって家計がリーマンショック直後並みに疲弊した状況が再現されてしまうのではないでしょうか。

2014年は消費者物価が2.6%上昇しましたが、そのときに消費が冷え込んだのはみなさんも記憶に新しいところでしょう。2013~2015年の3年間で実質賃金は4.6%も下落しましたが、常識的な試算ではインフレ税による下落分は2.6%、消費増税分による下落分は2.0%と分解することができます。シムズ教授は物価上昇率が2%に達したら連続して消費増税をするのが合理的であると言っていますが、インフレ税で家計が傷んでいるところに消費増税を行ったら、その後の景気はいっそう冷え込むことになるのではないでしょうか。

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