しかしながら、欧米諸国がうらやむ支持率を誇る安倍晋三政権であっても、国民に痛みを伴う社会保障改革には逃げ腰の姿勢を見せ続けています。2020年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化するという財政健全化の目標達成も、今となっては不可能な状況になっています。
内閣府の2017年1月の「中長期の経済財政に関する試算」によれば、黒字化を目指す2020年度の基礎的財政収支は8.3兆円の赤字になるという試算です。2016年7月の前回試算5.5兆円の赤字から、わずか半年で2.8兆円も赤字が膨らんでしまったのです。
歳出削減をせず、大盤振る舞いを続ける政府
安倍政権は経済成長によって財政再建を進めると言ってきましたが、現実には債務残高のGDP比は過去4年余りで悪化の一途をたどっています。確実に言えるのは、たとえ2%の経済成長を達成し続けたとしても、このままでは日本の財政は少子高齢化に伴う人口減少に押しつぶされてしまうということです。地方の疲弊にいっそう拍車がかかり、財政が豊かな東京都でさえ、今後は超高齢化社会のコスト増に苦しむ時代が訪れるのを避けられないのです。歴史を振り返ってみると、財政の健全化を増税だけで達成できたという例を私は知りません。やはり、増税をする以前に、歳出削減する努力をする必要があるように思われます。
ところが実際には、財政の大盤振る舞いは今なお続いています。3月末に成立した2017年度予算における一般会計の歳出総額は97兆4547億円となり、5年連続で過去最大を更新し続けているのです。団塊の世代がすべて後期高齢者の75歳になる2025年以降、社会保障費の膨張が今よりも加速するのがわかっているにもかかわらず、その膨張に歯止めをかけるための歳出改革は手つかずのままでいます。膨大な財政赤字の累積を放っておけば、市場が警鐘を鳴らし、危機的な状況に陥ることにもなりかねません。日本国債の利回りは依然として歴史的な低水準で推移していますが、ひとたび市場が大混乱することになれば、日銀の異次元緩和がそれを抑えることは極めて困難になるでしょう。
そのような状況のなかで、財政支出により物価上昇率2%を目指そうという愚かな経済理論が政府内で信じられ始めています。その愚かな理論とは、ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱する「物価水準の財政理論(FTPL)」のことです。アベノミクスの生みの親である浜田宏一内閣官房参与が、日銀の金融緩和だけでは限界を悟り始めていたさなか、リフレ理論の失敗を糊塗するためにこの新しい理論に飛び付いてしまったのです。
シムズ教授の説明によれば、日本で物価を引き上げるためには、政府が債務の一部をインフレで帳消しにすると宣言することが大事だといいます。政府が2%の物価上昇率を達成するまでは、消費増税の延期によって財政を悪化させても問題はなく、むしろ、そうすることで人々のインフレ期待を高めることができるというのです。
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