広告代理店から介護に転職した男性の苦悩 正社員だがボーナスも交通費もナシ

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ちょうどこの頃、ノリオさんはあらためて福祉学を学ぶため、4月から聴講生として大学に入学する準備を進めており、会社側から短時間勤務への変更許可も得ていた。

ところが、会社側は彼が就業時間の延長に応じないとみるや、短時間勤務は認めないと、手のひらを返してきたという。「初めのうちは社長から“頑張ってください”と言われていましたし、業務の引き継ぎも始めていたんです」。

このままでは入学をあきらめるか、会社を辞めるしかない。しかし、爪に火をともすようにして捻出した数十万円の授業料はすでに納めてしまった後である。堪忍袋の緒が切れたノリオさんは現在、地域ユニオンに加入、会社側と団体交渉を重ねている。

我慢することが美徳という価値観

一連の出来事を通し、あらためて痛感したのは、これまでの職場を含め、介護業界の仲間たちが自らの賃金や待遇改善について声を上げることに及び腰であるということだ。

声を上げないどころか、今回、会社側と交渉を始めたことについて、ある同僚からは「利用者さんのことは考えないのですか」と非難された。そのほかの同僚たちもノリオさんのことを腫れ物に触るようにして遠巻きに見ているだけだという。

いちばん悪いのは法律を守らない一部の経営者だし、それを野放しにする行政の不作為であることはわかっているとしたうえで、ノリオさんは「(介護業界には)利用者のために我慢することが美徳であるかのような価値観が強いと感じます。でも、きちんとした労働条件で働くことこそが、利用者さんのためにもなると、私は信じています」と言う。

幸い、職場で同僚たちから村八分にされ、おしゃべりができなくなったからといって嘆く年頃でもない。「声を上げられる人が上げればいい」。それが、第2の生きる場所を与えてくれた介護の世界への恩返しだと思っている。

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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