意外なことに、得点は全く増えなかった。データを見ると、94~95シーズンの1試合あたりの平均得点は101.4点で、前年度の101.5点からほとんど変化がなく、むしろ若干減少していた。
3点シュートの距離が短くなったのだから、以前は2点だったシュート(の一部)が3点に変わって、得点は増えるような気がするし、そう考えてのルール変更だったはずだ。子供でも理解できる明快なロジックの、どこに落とし穴があったのだろうか。
パズルを解く鍵を握っているのがインセンティブだ。
ルールが変わるならば、未来予想図も変わるから
この議論は、ルール変更の前後で選手たちの行動が変わらないのであれば、もちろん正しい。しかし実際には、3点シュートの境界線が動いたことに伴っ て、選手のプレースタイルやチームの戦術も大きく変化した。ルールに合わせて、最善な形で行動を変更していくインセンティブがあるからだ。
遠くからのシュートが得意でない選手まで3点を狙うようになったこと、また、3点シュートは2点エリアの外側ぎりぎりの位置から打たれることが多いため、守備すべき範囲が狭まったディフェンス側が楽になって、2点シュートまでもが決まりにくくなったことなどが、得点の伸び悩んだ理由として指摘されている。
この例から明らかなように、当事者のインセンティブをきちんと考慮しない単純な理屈に基づくルール変更は、意図せざる結果を生んでしまうおそれがあるのだ。
この教訓は、経済政策についても当てはまる。1995年のノーベル経済学賞受賞者、シカゴ大学のロバート・ルーカス教授は、政策変更に伴う経済主体の行動の変化を考慮してこなかった伝統的なマクロ経済学(ケインズ経済学)に対して、70年代に辛辣な批判を展開した。「ルーカス(の)批判」と呼ばれる彼の主張は、次のように要約することができる。
「現在の政策変更は将来の政策に関する人々の予想に影響を与える結果、人々の行動も変える可能性があるので、過去のデータに基づいて推計された行動を不変なものと仮定して政策評価を行うことはできない」
このルーカスの批判はただちに学界へと広まり、その後のマクロ経済学の進展を決定づける転換点となった。ここからは、具体的な経済政策として「減税」を取り上げながら、新旧マクロ経済学それぞれの見方をご紹介しよう。
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