競輪事故で地獄を見た男が編み出した「逸品」 14年先まで予約が埋まるパン・ケーキの正体

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総子さん:「家を建てて、結婚して、さあこれから」という時期だったので、ショックでした。ただ、私まで落ち込んでいたら引っ張っていけない。「何かいい方法はないか」と、体をさすったり、常に言葉をかけたり、アロマを焚いたり、超音波を聴かせたり、さまざまなリハビリに、一緒になって取り組みました。

多以良氏:リハビリにパン作りがよいと聞いたのもこのころでした。その後、プロスポーツ選手も通う評判のよいリハビリ施設に転院したところで、ようやく右足の麻痺も取れ、両手も少しずつ動くように。「これで頑張れば、また復帰できる」。その気持ちだけが、僕を前へと進めてくれていましたね。

引退への決意と再出発「Gateau d’ange」の誕生

「Gateau d’ange」が誕生した

――周りの愛情と競輪への強い想いが、奇跡的な回復へと導いてくれました。

多以良氏:退院の許可もおり、復帰への第一歩を踏み出した矢先、今度は別の後遺症が、目の前に立ちはだかってきたんです。外見からはあまりわからなかったのですが、最初に気づいたのは、同じく事故を経験していた競輪時代の先輩で、僕の様子を心配して見に来てくれた時に促され、他の病院を受診しました。結果は、先輩の予想通り「高次脳機能障害」。この障害は、脳の損傷により、一部の機能が損なわれて、感情のコントロールを失ったり、記憶力の低下や注意散漫な状態を引き起こしたりします。

最初は、聞いたこともない言葉にうろたえました。ただ、立ち止まるわけにもいかない。僕はとにかく何かしなければと、復帰に向けて準備を始め、少し動くようになった身体を引きずって久しぶりに自転車に乗ることにしました。ところが、今まで経験したこともないような激しい痙攣が麻痺した左足に走り、もうトレーニングどころではない現実に直面してしまって……。

なんとかなると思っていた気持ちは、ついに現実を目の前に消え失せ、僕に現役引退を決意させました。もう別の道で生きていくしかない。選手登録手帳を返納した時の僕の胸中は、これまでの苦労が蘇り、寂しさでいっぱいになりました。

「住宅ローンの返済はこれからだし、事故の保障だけでは食べていくことはできないので、とにかく仕事をして家族を養わなければ……」。

とはいえ、競輪以外に何をすればよいか分からず、しばらくは部屋に引きこもっていました。唯一、リハビリのために新たに始めていたパンやケーキづくりだけが、そういった辛い状況を忘れさせてくれる時間になっていましたね。

当初は、「人とのつながりを断ってはいけない」という奥さんの考えから、友人を家に招き、そのおもてなしのために振る舞っていたパンやケーキでしたが、それが徐々に評判を呼ぶようになったんです。そのうち、友人知人だけでなくさまざまな方々から、「結婚式で配るクッキーを200人分焼いてほしい」「バウムクーヘンを引き出物にしたい」と、どんどんお声がかかるように……。

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