競輪事故で地獄を見た男が編み出した「逸品」 14年先まで予約が埋まるパン・ケーキの正体
北鎌倉の高台に構えられた、看板も売り場もないパン・ケーキ店「Gateau d’ange(ガトーダンジュ)」。店主を務める元競輪選手の多以良泉己さんは、競輪レース中の大事故で、生死の境を彷徨いながらも奇跡的な復活を遂げ、パン・ケーキ職人として新たな人生を歩み出しました。お客さまの喜ぶ顔を思い浮かべながら、一つひとつ心を込めて焼き上げてできる手作りの逸品。その優しい味わいは次第に評判になり、いつしか「天使のパン・ケーキ」と呼ばれ、14年先まで予約で一杯になるほどに。幾多の苦難を乗り越え、新たな人生のペダルを漕ぎ続ける多以良さんのパン作りへの想いとは……。支えとなる家族の声とともに伺ってきました。
家族3人でつくる幸せのパン・ケーキ
――焼きたての香ばしい香りが家中に広がっています。
多以良泉己氏(以下、多以良氏):先ほど焼き上がったのは富山に住むお客さまのもので、今から6年前にご注文いただいたものです。毎朝2時に起き、その日の分の仕込みを始めて、パンは3時間にひとつだけ、ケーキは2時間半から、ジャムやクッキーも1時間かけて手作りしています。その日、その日、ご注文いただいたお客さまが喜ぶ顔を思い浮かべながら、「今日は○○さんの日」と決めて作っています。
どうしてもつくれる数に限りがあります。現在、ご注文をお受けしてからお届けできるまで14年という状況にも関わらず、「届くまでの時間を楽しみに」と、多くの方々にご注文をいただいています。
――応援してくれる方々のための、パン・ケーキ作り。
多以良氏:競輪選手の現役時代に起きた事故からのリハビリをきっかけに、近所へのお裾分けから始まったパン・ケーキ作りでしたが、食べていただいた方から「優しい味がする。天使のようだ」と評判をいただいたところから本格的に始めました。今では、この仕事を通じて、多くの方々の笑顔を思い浮かべながら、元気をもらっています。
重度の後遺症障害を抱える自分にとって、パン・ケーキ作りに家族の協力は欠かせません。多くのお客さまからの応援の声も、大きな励みになっています。奥さんが注文の管理や、お客さまとのやりとりを担当してくれているのですが、全国から送られてくる手紙などを一緒に読んでは励まされています。