競輪事故で地獄を見た男が編み出した「逸品」 14年先まで予約が埋まるパン・ケーキの正体

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食べてくれた人が、わざわざお礼を言いに来てくれたりすることも多くなりました。そうして、いつの間にか事故のことを考える暇もないほど、パン、ケーキ作りに追われる日々となり、気づけば新たな自分の生きる道になっていました。こうした幸せな出来事が重なって、2008年「Gateau d’ange(ガトーダンジュ)仏訳:天使のケーキ」は生まれました。

家族や仲間と走り続ける「人生」という名のコース

ひとつひとつ、想いを込めて作っています

多以良氏:最初は、お客さまから嬉しい言葉をいただく反面、自分では正直自信がありませんでした。競輪ばかりで、専門の学校に通ったこともない自分でいいんだろうか。後遺症を抱えてのパン作りなので、作れる数にも限りがある。自分ができるパン作りとは何だろうか。どんな想いを込めて、誰に届け、どんな風になって欲しいのか……。

考え続けた末に出た答えは、「食べてくれた人に幸せになって欲しい」という願いでした。僕ができるのは、ひとつひとつ、想いを込めて作ること。できあがったパンやケーキには、奥さんがその人宛に書いた手紙と一緒にお届けしています。

そうして、友人知人から始まった「ひとりのためのパン・ケーキ作り」は、徐々に口コミで全国に広がり、北海道から沖縄、果ては離島、海外まで、インターネットを通じて多くの方々からご注文をいただくようになりました。年齢もさまざまで、中には100歳を過ぎた方からパンのお礼のお便りをいただくことも。パン・ケーキ作りで出会えた多くの人たちとのつながりに感謝しながら、今は長男と家族三人で協力して、皆様に幸せへの想いを込めてお届けしています。

――競輪からパン・ケーキ作り。今、新たなコースを走っています。

多以良氏:何か新しいことを始める時は、誰でも同じだと思いますが、「一歩踏み入れる」までが大変です。でも、まずひとつ漕ぎ出すことで、そこからだんだんと前に進むことができるんです。その勇気を、パン作りを通してお伝えしたいですね。

事故から10数年たちましたが、いまだに足のしびれや、 頭の痛み、それにともなう吐き気、ふらついて長く立っていれない日もあります。けれど不思議と、パンやケーキを作っている間は夢中になれて、痛みを忘れることができるんです。

誰かのために、仕事ができること。生きていけることがこんなにも素晴らしく、ありがたいことなんだと、今はその幸せを噛みしめています。その唯一の手段である僕のパンやケーキづくり。もっとおいしく、もっとたくさんの人に、幸せを感じて欲しい。そのためにやるべきこと、極めることたくさんありますし、まだまだこれから。でも、もうひとりではありません。

このエプロンにつけている「I♥︎84」のステッカーは、引退レースを走れなかった僕のために、同期の選手たちから「新しい人生を頑張って」というメッセージとともに送られたものです。パン・ケーキを作るときは、いつもこれを身につけています。今は、競輪からパン・ケーキ作りと走るコースは変わりましたが、これからも84期のワッペンを胸に、支えてくれる家族とともに、新しい人生を一所懸命走り続けていきたいと思います。

 (インタビュー・文/沖中幸太郎)

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アルファポリスビジネス編集部

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