5歳児衰弱死事件の親が抱えた4つのハンディ

「子どもの育て方を知っている」は当たり前か

2009年に改正された児童福祉法には、特定妊婦が規定された。「出産後の養育について出産前において支援を行うことが特に必要と認められる妊婦」だ。Sの妻は高校中退、家出経験あり、若年出産だった。今であれば、特定妊婦として支援の対象になった可能性が高い。妊娠期から保健師がつながり、出産、子育てまでをサポートしてもらえる。だが、Sの妻がR君を出産した2001年当時、そうした制度はなく、家庭の中に行政の目が入ることはなかった。

出産時、Sはアルバイトからペンキ職人になる。だが収入は不安定だった。このころ、若い夫婦は消費者金融から借金をしている。生活費を補うためだと法廷で述べている。親族にも借金をした。そうした状況に対処しようとして、Sは運送会社に転職した。そこは思いがけない長時間労働だった。Sは懸命に努力する。家族よりも仕事を優先する働き方は、Sの実父譲りだ。Sの父親は大手企業の工場で働くワーカーだった。実父は法廷で、3交代勤務で、子どもたちとは触れ合わずに過ごしたと語った。家族は社宅に住み、妻は子育てに専心した。そこで、母は統合失調症を発症している。

Sが父のように努力をしても、夫婦の関係は改善しない。夫は会社のルールに従う以外の対処法を知らず、妻は孤立する。激しいけんかが引き起こされる。妻はまだ、19歳だ。実家との関係もよくない。妻もまた、ギリギリの環境をマネジメントする力が乏しい。

環境の悪化の中で、仲間との関係も切れていく

やがて、借金がかさみ、妻が子どもを置いて働きに出た。最初は子どもを部屋に置いてコンビニで働き、その後は、託児所に長時間預けて風俗店でも働いた。父世代と同じ家族関係では、家庭は維持できない。こうした環境の悪化の中で、友人の親身な助言はあったが、そのように動けない。子育て仲間との関係も切れていく。

妻がいなくなった後、Sは生活を守るために変わらず働いた。トラック運転手としての勤務は週6日。欠勤、早退、遅刻はなかった。運送会社である会社は、労使協定により、月に292時間までの長時間拘束が可能だった。夜勤、昼勤、会社に言われるがまま、1日12時間の長時間労働をしながら、R君を育てていた。会社での評価はAだった。社員の20パーセントだけが受ける高評価だ。

Sは「子育てと仕事の両立に追い詰められていた」と証言した。法廷では奇異に聞こえたが、本音だったかもしれないと筆者は感じた。2年間、会社の求めに応じ、誰からも助けを受けず、愚痴を言うこともなく、自身が思う「子育て」をした。

Sの心理鑑定を行った、山梨県立大学の西澤哲教授は、Sの「受動的対処方法」が事件に影響したと語った。

裁判の場で、西澤教授も精神鑑定をしたC医師も、Sは「自分なりに子育てをしているつもりだった」「虚偽の証言はしていない」と証言をしている。

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