母の治療に全て捧げた55歳男性の貧困と苦悩 飲食業界を転々とし身体はボロボロになった

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なるほど、トオルさんの言う「ストレス」とは、生活保護行政に対する憤りというよりは、思うように働けない自分に対するふがいなさからくるもののようだった。

少し話がそれるが、ここで生活保護についての持論を述べたい。

一定の条件下にある国民が生活保護を受けることは憲法で保障された権利であり、国の義務でもある。現在、生活保護受給者へのバッシングは苛烈だが、取材をしていると、確かに不正受給をしている人にも出会うが、一方で、受給条件を満たしているのに生活保護を受けることは「恥」だと考えて申請をしていない人にも出会う。

不正は個別に厳しく取り締まればいい。が、解決すべき構造的な問題は、捕捉率(生活保護を利用する資格のある人のうち実際に利用している人の割合)の低さである。弁護士や研究者、生活保護を受けている当事者らでつくる生活保護問題対策全国会議によると、日本の捕捉率は2割程度で、ドイツの6割、フランスの9割など諸外国と比べて極端に低い。

いくら受給者や制度をたたいても、もともと不正を働くような厚顔な人間が改心するとは思えない。むしろ、バッシングは人々に「スティグマ(世間から押し付けられた恥や負い目)」を植え付け、捕捉率の低下に拍車をかけるだけだ。そして、それは今も各地で起きている餓死や孤立死、心中といった事件を誘発することになるだろう。

「主張する弱者ほどたたかれる」

ふと、以前、ある識者が取材に対し、現在社会を取り巻く空気について「主張する弱者ほどたたかれる」と言っていたことを思い出した。過重労働の末に何百万円もの未払い賃金を踏み倒され、体を壊し、さらには生保保護のCWからもっと働けと迫られて――。それでもなおトオルさんは「反省」と「自己責任」を口にした。まるで、バッシングの標的とならないすべを本能的に知っている「弱者」であるかのように。ろくでもない社会である。

トオルさんと会った日。この日の朝も、痛みと自分の叫び声で目が覚めたという。

深夜1時すぎ、医師から処方された痛み止めや睡眠導入剤を飲むが、だいたい2~3時間で効果が切れてしまう。そんなときは、いつも厨房に持ち込んでいたという旧式のラジオのスイッチを入れ、ニッポン放送の番組「あさぼらけ」を聞く。アナウンサーの上柳昌彦さんの落ち着いた低音ボイスを耳にすると、心身が静まるのだという。

飲食業界を選んだことも、結婚をしなかったことも、後悔はないという。ただ、生活保護を受けることも、体が動かなくなることも、すべてが若い頃は想像もしなかった、初めての経験なのだという。

「今はとにかく痛みの原因を突き止め、体を治して働きたい」

胸中の不安と戸惑いは消えない。それでも、おぼろに明けていく朝の気配を感じながら、自分の人生にも再び夜明けが訪れることを信じている。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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