現実のところ、英国に拠点を持ちEUに展開する企業の多くは、将来に向けて事業構築の再考を迫られています。フランスやドイツなどの大陸に拠点を移すという方針を決定している企業も、業種に関係なく増えつつあります。とりわけ世界中から金融サービス業が集まっているシティでは、その傾向が顕著になってきています。今年に入ってからは、投資銀行大手のモルガン・スタンレーまでもが、欧州の拠点を英国から大陸に移すという考えを示しています。
その証左として、昨年6月に国民投票でEU離脱を決定して以降、シティやその周辺部ではオフィスビルの賃料が下がり続けています。ビルの貸主が企業の引き留めに腐心しているというわけです。ここ数年、英国ではオフィスビルの建設ラッシュが続いてきたため、今後はオフィスの供給過剰が明らかになり、空室が増え始めてくることになるでしょう。
オフィスビル賃料の下落に連動するように、大都市圏を中心に住宅価格も下がり続けています。2017年2月の住宅価格は8年ぶりの安値に落ち込み、住宅投資の減速が顕著になってきています。オフィスビルや住宅の市場悪化がすでに、英国経済に暗い影を落とし始めているのです。
そのうえ、EU離脱決定に伴うポンド安が国民生活を圧迫し始めています。消費者物価指数の前年同月比上昇率は2016年11月に2年ぶりに1.0%を超え、直近の2017年2月には2.3%まで上昇しています。輸入インフレによる物価上昇は、英国民の実質賃金を押し下げ、消費の減少を招く可能性が高まっていくことになるでしょう。
英国で消費が堅調だった2015年は、原油安が大きく寄与して消費者物価指数の上昇率は0.0%と、統計開始以来で初めてのデフレといわれる状態になりました。リーマンショック後の米国で消費がいちばん伸びた2015年も、消費者物価指数の上昇率が0.1%、卸売物価指数がマイナス0.9%と、実質はデフレの状態になったのです。エネルギー価格の下落によるデフレは、産油国以外の人々の生活にとって購買力の高まりをもたらしていたわけです。
おまけに、英国のEU離脱によって、海外からの投資減少が避けられない見通しにあるなかで、メイ首相の中国との距離感が経済への不安を増幅させています。キャメロン政権時代の英国では、原発事業をはじめ中国からの投資を積極的に受け入れていましたが、メイ政権はこうした方針を見直し始めているのです。それに迎合するように、英国の主要メディアでも、中国を批判する報道が増えてきています。そういった理由から英国の産業界では、中国の投資が減少するという懸念が台頭してきているわけです。
EU離脱の選択で連合王国は解体の危機に
また、英国のEU離脱という選択は、イングランドを中心にした連合王国の解体をもたらすかもしれません。EUに残留を希望するスコットランドでは、英国からの独立機運が再び高まっています。先月、スコットランドのニコラ・スタージョン行政府首相は、英国からの独立の是非を問う2回目の住民投票を実施する可能性が高まったという見解を示しています。2014年9月に行った1回目の住民投票では、英国がEUにとどまり続けるという前提の下、スコットランド住民は英国の一部に残るということを決定したからです。
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