──“プロアマ混淆”ですか。
ネットニュースは同じプラットフォームで違う質の情報が読めてしまう。若い人と話すと、ニュースが話題になったときにヤフーニュースやスマートニュースで読んだなどといった言い方をよくする。そればかりか、「読んだ」にはまとめサイト、素人が書いたブログなども入ってくる。それらを混在させて読んでいる、という意識がない。
拡散させる運び役は消費者=読者の時代
──消費者が出し手に……。
ネットがジャーナリズムの主戦場になり始め、受け手だった消費者も出し手として一部を担うようになった。今までは供給者と消費者がはっきり分かれた枠組みで語られてきた。それが変わってきている。論じ方、焦点の合わせ方も変わらなければならない。消費者はもはや単なる受け手ではない。
今は情報の消費者が自分たちを俎上に載せなければならない。ここが本質的な違い。それがフェイクニュースの問題でもある。かつてであればファクトチェックはプロがやればよかった。今は拡散させる運び役は消費者=読者であり、実際にはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)ボタンやシェアボタンを押すことだけで、ほとんど自覚はない。
今までは観客として第三者の立場で見ていればよかったジャーナリズム論の傍観者たちが、気づいてみるとジャーナリズム論の構造の中に入っていた。場合によっては共犯者のようにもなる。従来なら批判していた問題点をコピーしてしまっている状況が起きている。
──ウェルク問題は転換期の象徴的な事例といえますか。
新興とはいえ東証1部の上場企業が、ネットのアナーキーなマーケットで成長してきた企業を買うのは非常にリスクがあった。買収時のデューデリジェンスでも、たくさんの問題が指摘されていた。締め付けが強くなってくるだろう。
──フェイクニュースも放置はされない?
無秩序が広がっていくのではないかと恐怖感を抱く人もいるが、逆だと思う。むしろ秩序形成に近づいていく1つの転換点になろう。
ネットはなるべく自由であったほうがいい、というのが共通の理解。薬機法(旧薬事法)など、旧秩序に引っ掛かれば規制されようが、ネットニュースも従来のネットでのサービスと同様に、業界団体結成など自主的な形で秩序づくりが進むのではないか。基本的に自由を担保しながら、権力の介入を排除した形で秩序を作っていくという動きだ。そうしないとせっかくのインターネット技術も無駄になる。
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