米国でディストピア小説が売れているワケ 昔の作品がベストセラーになっている
この騒動の後、アマゾンで『1984』がベストセラーのトップに躍り出た。説明の必要もないほど有名だが、全体主義国家の恐怖を描く、近未来ディストピア小説だ。この小説には、国家のイデオロギーに反する古い邪悪な思想、つまり客観性や合理主義などを否定し、政治的なプロパガンダに使われる言語の「Newspeak(ニュースピーク)」という造語が出てくる。
コンウェイの「オルタナティブ・ファクト」という表現を耳にして、ニュースピークを連想した読書家は少なくなかった。それがあちこちで話題になり、これまで読んだことのない人が手に取るようになった。その動きを敏感に察した書店が目立つ場所に置くようになり、読者層は今も広がっているようだ。
書店で『1984』の近くに平積みされるようになった『The Handmaid's Tale』もまた、独裁政権や全体主義の恐怖を描いたディストピア小説だ。この世界では、妊娠可能な女性は「Handmaid(侍女)」として子どもを産む道具として扱われ、固有の名前もなければ自由もない。人工妊娠中絶を憲法により保障された権利として、中絶禁止を違憲とした1973年の連邦最高裁の「ロー判決(ロー対ウエイド事件)」を知らないアメリカの若者にとって「あり得ない架空の世界」だ。
しかし、トランプ大統領は就任後すぐに海外で人工妊娠中絶を支援する非政府組織(NGO)に対する連邦政府の資金援助を禁止する大統領令に署名した。大統領と議会の上下両院を共和党が支配した現在、最高裁判所が5対4で保守に傾くことは不可避であり、ロー判決が覆される可能が生まれている。生殖に関する女性の選ぶ権利が実際に脅かされるようになり、この本が啓蒙書として注目されるようになったのだ。
マクマスターの著書がトップに
トランプ政権への不安がベストセラーリストに反映するなか、2月23日にアマゾンのベストセラーのトップに現れた20年前の本がある。
『Dereliction of Duty(職務怠慢)』というタイトルのノンフィクションの著者は、H・R・マクマスター。ロシア高官との接触疑惑で辞任したマイケル・フリン国家安全保障補佐官の後任として、トランプ大統領が新たに指名した陸軍中将だ。湾岸戦争やイラク戦争で目覚ましい功績を挙げた軍人だが、知識人としても知られている。
『Dereliction of Duty』は1997年、当時陸軍少尉だったマクマスターがノースカロライナ大学チャペルヒル校で軍事史の博士号を取得した時に書いたベトナム戦争に関する論文の一部だという。ベトナム戦争については書き尽くされている感があるが、本書が特に評価されているのは、統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff, JCS)の役割についてのバランスが取れた分析と見解だ。
JCSはアメリカ軍の最高機関で、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍と州兵総局のトップで構成されている。アメリカ国防総省の下にあり、軍事戦略を立案して、大統領や国防長官に軍事的な助言を行う。実際に使令を与えるのは「最高司令官(Commander-in-chief)」である大統領だが、大統領の決断に影響を与える重要な役割を担っている。ところが、ジョン・F・ケネディ政権からリンドン・ジョンソン政権にかけて、大統領の決定に関するJCSの影響力は激減した。本書には、その内情が詳しく説明されている。