その親愛なる安倍首相の名前は今回のトランプ演説の中では登場しなかった。海外首脳の名前が挙げられたのはただ一人、カナダのジャスティン・トルドー首相だけだった。演説の中では、TPP(環太平洋経済連携協定)を“job-killing”(職を奪う)と形容し、そんなTPPからアメリカを撤退させることにしたと述べたあとに、こう述べている。
「ジャスティン・トルドー首相の助けもあって、カナダの隣人たちと協議会を形成する。それによって女性起業家たちがビジネスを始め、経済的な夢をかなえるのに必要なネットワーク、市場、資金にアクセスできるのを保証することにした」
この米加共同プロジェクトはアメリカでも大きなニュースとして取り上げられた。そのプロジェクトは安倍・トランプ首脳会談のあとに設定されたトランプ・トルドー首脳会談で話し合われた。その会談にはイヴァンカも同席した。それはトルドー首相が望んだことであり、その要望にトランプ氏が応じた形だった。
ところが、安倍首相との会談のときは、トランプ氏自らが安倍氏に親愛の情を示すためのおもてなしとしてイヴァンカと女婿のジャレット・クシュナー氏を同席させた。そこに大きな違いがある。その二つの首脳会談にはそれぞれビジネスで培ってきたトランプ大統領一流の交渉術、駆け引きが隠されていると筆者はみている。
つまり、若くてハンサムなトルドー首相としては、同席したイヴァンカも喜んでいると思い、ソフトな雰囲気に終始する中で、会談も成功したと思っている。だが、したたかなトランプ大統領のことだ。ギブ・アンド・テイクという取引関係で言えば、これからどんなテイクを要求するか。たとえば、NAFTA(北米自由貿易協定)見直し交渉の過程で何が飛び出してくるか。トルドー首相はトランプ大統領のワナにはまってしまったと言えるかもしれない。
これから日本のチャンスをどう生かすか
トランプ大統領の最大の公約は雇用創出だ。演説の中で“job-crushing”(雇用をつぶす)規制を大幅に削減する歴史的な仕事に着手したと述べている。すべての政府機関に新たなタスクフォースを設け、一つの新しい規制(レギュレーション)に対して二つの古い規制を廃止するという「新しいルール」を課すことにしている。共和党保守派がかねがね主張し、レーガン政権下で強力に推し進められた“deregulation”(規制緩和)政策をさらに具体的に前進させる方針だ。
それはトランプ大統領を陰で操る「黒幕」と米メディアで評されているスティーブン・バノン首席戦略官・上級顧問の「国家行政の解体」構想と気脈を通じている。バノン氏の政治思想とトランプ大統領の考え方とは完全に一致しているわけではない。しかし、実務家としては、バノン氏以上の豊富なキャリアを誇るトランプ大統領が官僚主義とは真逆の発想を抱いていることは間違いない。この「反官僚主義」的発想をしっかり押さえておきたい。
トランプ政権はこれから大規模、広範なインフラ投資を実施する。それには日本の企業も協力して参画することになる。さまざまなインフラプロジェクトに参画することは日本企業にとって大きなチャンスでもある。そのチャンスを生かすも殺すも、交渉当事者、取引当事者の実務的判断、できれば即断即決が不可欠だ。これまで日本国内だけで経験してきたような「本部にお伺いを立てる」悠長なことではまず交渉、取引の成功はおぼつかない。反官僚主義、現場尊重主義がビジネス成功のカギである。
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