トランプ大統領は選挙中から、自動車をやり玉に対日貿易赤字を問題視し、日本が輸出を増やすために為替操作で円安に誘導していると批判してきた。日本など同盟国の駐留経費負担が「不公平だ」と主張してきた。安倍首相は、そんな強硬な新大統領を何とかなだめるために、米国にすり寄る形で手持ちのカードを最初から大きく切ってしまった。一方、「マッドマン」を演じるトランプ氏は、一見すると突飛で非合理な行動でも、実に合理的な経済利得を得た。
安倍首相のほか、トヨタ自動車も、大統領就任前のトランプ氏からメキシコでつくる新工場についてツイッターで非難されたことから、豊田章男社長自ら米国に5年間で100億ドル(1.1兆円)を投資する計画を発表した(この投資計画自体は以前から策定されていたものであり、トランプ発言とは関係ないようだが)。
安倍首相も豊田社長も、トランプ氏の雇用創出の要求にすかさず応じる姿勢をみせることで、関係を良好に維持したいとの思いがあったのだろう。
おじけづいて次々と三振
しかし、野球で例えれば、米国人投手が最初に思いっきり日本人打者にビンボールを投げ、ひるませる。そして、「次もどんなビンボールが来るかもわからない」とおじけづいた日本人打者が次々と三振をしてしまったようなものだ。そして、官民そろって次々と米国に得点を献上している。
「思いやり予算」と呼ばれる在日米軍駐留経費負担も日本の財政難を受け、1999年度の2756億円をピークに減少傾向に転じ、現在は約1900億円で推移している。トランプ大統領の負担増を求める先制攻撃があり、日本側としてはこれ以上、減額することが事実上難しくなってしまった。
さて、トランプ大統領の行動にみられる「マッドマン・セオリー」とはいかなるものか。もともとはウォーターゲート事件で失脚したニクソン元米大統領が、外交交渉で重宝していた戦略だ。国家安全保障政策やビジネスなど様々な場で用いられるゲーム理論の1つとして知られる。
ニクソン元大統領の首席補佐官だったハリー・ハルデマン氏はウォーターゲート事件後に出版した回顧録”The Ends of Power”の中で、ニクソン氏が「マッドマン・セオリー」について次のように語ったことを打ち明けている。
「北ベトナムに、私が戦争を終わらせるためなら、どんなことでもやりかねない男だと信じ込ませて欲しい。我々は彼らにほんの一言、口を滑らせればいい。『あなたもニクソンが反共に取りつかれていることは知っているだろう。彼は怒ると手に負えない。彼なら核ボタンを押しかねない』とね。そうすれば、2日後にはホーチミン自身がパリに来て和平を求めるだろう」
このニクソン氏の策略通り、米国はパリ和平会議で北ベトナムに米国側の条件を承諾させることに成功した。ニクソンがクレイジーだから核ボタンを押しかねないと北ベトナムの指導者に思い込ませることによって、米国は効果的に外交的成果を得たのだ。
2016年12月20日付のワシントンポスト紙の記事によると、トランプ大統領はこのニクソン元大統領の「マッドマン・セオリー」を信奉している。トランプ氏は、予測不能で、長年にわたる国際規範に敬意を払わないという自らの評判を利用し、米国の敵対国をおじけづかせて譲歩するよううまく追い込んでいる。
なぜトランプ氏はニクソン氏を尊敬するようになったのか。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら