米国と英国のFTA交渉がEUの行方を左右する トランプは2国間交渉で米国の優位を狙う

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もう1つの懸案である対ロシア関係では、制裁解除について、トランプ大統領が「議論するのは時期尚早」と明言を避けた一方、メイ首相は「ミンスク合意(ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4首脳によるウクライナ東部の停戦に関する合意)の完全実施が条件」という英国の立場を明確にした。

米英間のFTAについては、そもそも、英国はEUを正式に離脱するまでは、通商交渉を行う権利がないこともあり、EUの態度を硬化させるほど踏み込まなかった。

FTA交渉は米英どちらに有利となるのか

米英間のFTAは、EU離脱後の「真のグローバル・ブリテン」戦略の不可欠な要素だが、英国にとって必ずしも有利な条件を引き出せないおそれはある。

トランプ大統領が、多国間よりも2国間の交渉を好むのは、2国間の方が、経済力の差を武器に、米国に有利な条件を引き出せると考えているからだろう。オバマ政権下の米国とEUはTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)を協議していた。ただ、EU加盟国内では、雇用や環境、食の安全が脅かされるとの反発が広がり、交渉は難航していた。

トランプ大統領の就任でTTIPは宙に浮き、オバマ前大統領が通商交渉の「最後列に並ぶことになる」とした離脱後の英国を、逆に、交渉の「最前列」に置く結果になった。28カ国からなるEUは市場の規模は米国と同程度。だが、英国1国だけになれば、市場規模は米国の7分の1ほどで力関係は大きく変わる。トランプ大統領としては、英国との2国間交渉で成功を収め、他の通商交渉に弾みをつけたい思いは強いだろう。とりわけ、EUの対外共通関税や衛生基準で守られてきた農業への圧力を強めることが想定される。

米英のFTA交渉は、英国に有利に進めば、EU離脱成功への追い風となり、他のEU加盟国の反EU勢力を勢いづかせるかもしれない。

逆に、トランプ大統領の交渉戦術で、英国が不利な立場を強いられる展開となれば、EUという枠組み、とりわけ単一市場や関税同盟の価値が再評価され、テロや難民危機を背景とするEUの遠心力の強まりに歯止めを掛けるかもしれない。

メイ首相は今回の会談を、手堅く乗り切ったものの、「真のグローバル・ブリテン」の実現には、これから先もEUと米国の双方とバランスをとりながら、粘り強く協議を進めることが必要だ。

米英のFTAへの動きは、EUの結束の試金石としても重要な意味を持つことになりそうだ。

伊藤 さゆり ニッセイ基礎研究所 主席研究員

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いとう さゆり / Sayuri Ito

早稲田大学政治経済学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て、ニッセイ基礎研究所入社、2012年7月上席研究員、2017年7月から現職。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。早稲田大学大学院商学研究科非常勤講師兼務。著書に『EU分裂と世界経済危機 イギリス離脱は何をもたらすか』(NHK出版新書)、『EUは危機を超えられるか 統合と分裂の相克』(共著、NTT出版)。アジア経済を出発点に、国際金融、欧州経済を分析してきた経験を基に、世界と日本の関係について考えている。趣味はマラソン。

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