ジレンマは「イノベーター」にこそあり
バリュー・ネットワークという「しがらみ」からの脱却を

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新製品が必要でないなら、既存製品を改良すべき?

かつて、他社に先駆けて小さなサイズのハードディスク(HD)の開発に成功した大手企業のシーゲート社は、製品化を進めるとともに、顧客にその新製品を使わないかと持ちかけた。

けれども、反応は芳しいものではなかった。顧客には、すでにある製品で何の問題もなかったのだ。シーゲート社は、それではということで、既存製品の改良を推し進め、顧客の支持を集めることに成功した。

一方、小さなHDを作れるようになった後発企業から、新製品の販売が始まった。市場規模は小さく、また後発企業の技術も大したものではなかった。けれども、新しい市場は着実に育まれ、それに合わせて技術が進歩し、やがて無視できない規模にまで成長する。シーゲート社はここに至って改めて小さなサイズのHDを開発するが、時すでに遅し、新しい市場に乗り遅れることになった。

ノートパソコンが作られるようになったもの、小さなHDを作る技術ができたからこそ(撮影:尾形文繁)

当初シーゲート社が相手にしていた顧客は、大きなHDがうまく収まるコンピュータを作ってきた企業であった。彼らにとって、容量が小さく、コストが高いだけのHDには何の意味もない。

これに対して、小さなHDを必要とした数少ない顧客は、今であればノートパソコンのような小さなデバイスを必要とする企業や人々であった。これが、イノベーションに成功しながらも、顧客の声に従ったために失敗した例だ。

イノベーターズ・ジレンマが提示するのは、技術だけでは駄目である、ということではない。むしろ逆に、そして驚くべきことに、顧客の声に従っては駄目なのだ。
 さて、これで読み終わった気になってしまうと、顧客の声を聴いてもしょうがないから、やはり技術で勝負しようということになるだろう。しかし、それで導かれるのは、単なる過剰スペックだ。

一切合切の顧客の声が足枷になるというわけではない。マーケティングの基本であるセグメンテーション(顧客細分化)を考えてみよう。市場は一様ではないから、さまざまなニーズを有する顧客グループがいくつもあるはずだ。たとえば、小さなHDを生かすためには、大きなHDで満足している顧客ではなく、もっと別の顧客を探すべきだったというわけである。

ただし、イノベーターズ・ジレンマの核心は、この点を踏まえながらも、現実には、企業が複数グループの顧客の声を冷静に聴くことは難しいとする点にある。理由は、バリュー・ネットワークの存在にある。

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