安倍政権は「バブルの恐怖」を忘れていないか 80年代バブルの生成と崩壊から学ぶべきだ

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12年暮れの安倍政権の発足とアベノミクスの動きは、バブルの序章である。世界経済の激震のなかで、日本の政治がそれに対応した構造改革を口にする。それは86年の中曽根康弘政権による日本の構造改革の試みと重なる。

安倍政権の株高対策に、なりふり構わぬ右肩上がりの株高・土地高を煽った80年代のバブルの時代の金融機関の行動に似たものを感じる。当時、銀行から聞いたリスク感覚の欠落を、最近は年金や公的資金の運用担当者、ベンチャー企業の経営者から聞くようになった。

バブルの時代を知らず、その弊害を何も学んでいない世代が、80年代を懐かしんだり、バブル待望論を口にすることも増えてきた。

最近の田中角栄待望論は、その好例である。彼が魅力的な人物であることは否定しない。田中角栄は、類まれなリーダーシップで権力の階段をのぼりつめて総理になった。しかし彼が旗を振った日本列島改造論は、土地を商品と位置づけることで、地価の上昇を加速し、日本をバブル社会へと導く原因をつくった。そして角栄自身も、株と土地で得た資金力を権力の源泉としながら、ロッキード事件による失脚後も、長く日本の政界を水面下で操り、バブルの時代に到るまでその権力を保持し続けたのである。

世界のグローバル化と金融化

グローバルな資本主義はおよそ10年周期で危機を繰り返し、政府のコントロール能力を弱体化しつつ、不安定さを増している。

その端緒といえる87年のブラックマンデーは、グローバル化が進んで、世界の金融・証券市場が一体化したことを象徴する事件だった。それから10年後の97年にアジア通貨危機が起こり、ヘッジファンドの雄、ジョージ・ソロスがロシアやタイの通貨で巨額の富を得て、最後はマレーシアのマハティール首相と対峙する。08年、リーマン・ブラザーズの倒産を引き金とした金融システムの危機は、世界がもはや危機においても一体であることを示した。そして16年、中国の株価暴落に端を発した世界経済の混乱は、英国のEU(欧州連合)離脱という予想もしない事態を前に、一段と混乱の度合いを深めている。

本書はバブルの時代の本質に迫るために、バブルより少し前の時代から書き始めている。各項は独立したコラムとしても読める(上の書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

それでも、世界のグローバル化と金融化(カジノ化)に歯止めはかからないし、かけることもできない。デフレの時代であろうが、インフレの時代であろうが、地球のどこかでは新しいバブルが発生して、私たちはそれと無縁では生きられない時代になったということである。

バブルとは、グローバル化による世界システムの一体化のうねりに対して、それぞれの国や地域が固有の文化や制度、人間の価値観を維持しようとしたときに生じる矛盾と乖離であり、それが生みだす物語である。

バブルの時代を知ることなしに、現在の日本を理解することはできない。私たちは、日本固有のバブルの物語に謙虚に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。80年代のバブルの教訓は、まだ十分に汲み尽くされていないのだ。

永野 健二 ジャーナリスト

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ながの けんじ / Kenji Nagano

1949年東京都生まれ。京都大学経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。証券部の記者、編集委員として、バブル経済やバブル期のさまざまな経済事件を取材する。その後、日経ビジネス、日経MJの各編集長、大阪本社代表、名古屋支社代表、BSジャパン社長などを歴任。共著に『会社は誰のものか』『株は死んだか』『宴の悪魔-証券スキャンダルの深層』『官僚-軋む巨大権力』(すべて日本経済新聞社)、単著に『バブルー日本迷走の原点』(新潮社)がある。

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