フランスは人種差別が蔓延する国に変貌した 首相によるトランプ的発言も問題にならない

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――ブルキニ問題で議論が沸騰していた8月末、マニュエル・バルス首相は「ブルキニはフランス共和国の価値観と相いれない」として禁止令を擁護した。国民的シンボル「マリアンヌ像」を持ち出し、「ベールで覆うよりも胸をあらわにする方が、よりフランスの精神にふさわしい」と。マリアンヌ像はフランス共和国を象徴する「自由の女神」として知られている。フランス貨幣や切手に描かれているほか、ドラクロワが描いた「民衆を導く自由の女神」では片方の乳房をあらわにし、右腕でフランス国旗を高く掲げている。

なんとも馬鹿げた発言だった。乳房の問題に矮小化するとは、いかにも性差別主義的だ。もし同じ表現を次期米大統領候補のドナルド・トランプ氏が言ったとしたら、大きな問題になるだろう。にもかかわらず、バルス首相が言えば、普通のこととして受け止められてしまう。これがフランスの現状だ。

――どうしたら状況を好転できるか。

一つは政治の場にもっとイスラム教徒の市民を入れることだ。国会を見て欲しい。黒人議員やイスラム教徒の議員は少ししかいない。大統領も、首相も男性、白人、キリスト教徒だ。

私自身の仕事の一環として、サン・ドニの市民に世俗分離とは何かを考える機会を設けている。

ベールを被ること自体を世俗分離の原則が禁止しているわけではない、と私は説明する。世俗分離の政策には、もともと、カトリック教会の影響を政治に及ばさないためという意図があった。教会にかかわっているかどうかに関係なく、信仰がない人を含めたすべての人が保護され、生活できるようにというのがその意図だった。今は一部の市民を差別するために使われている。

マリーヌ・ル・ペンが大統領になる可能性

――人種差別的暴言があったトランプ氏が次期米大統領になる。来年のフランス大統領選では極右で人種差別主義的思想を持つといわれる政党「国民戦線」のマリーヌ・ル・ペン党首が大統領になる可能性はあるか。

2~3年前から、その可能性があると言われている。今は何でもありだ。フランスでは、2015年1月、風刺新聞シャルリ・エブドの編集スタッフがイスラム過激派の青年たちに殺害されるテロ事件があった。それから現在に至るまで、差別的感情が加速している。

広場に置かれていた花輪―vivre 「生きる」という文字が見える

――差別的な状況があるとすれば、若いアラブ系移民やイスラム教徒の若者たちの将来はどうなる?

フランスでの生活は難しくなるだろう。親や兄弟などが差別されている様子を見て育つ中で、カタールなどのイスラム教の国に移住する人もいる。他の市民が彼らを見る視線、話しかけられ方に我慢がならないからだ。

移民のバックグラウンドを持つ市民は1つの集団として結束し、人種差別と闘うべきだろう。差別のルーツを無くすために戦わなければいけない。

――フランスを出て、他の国で暮らしたいと思ったことは?

ない。フランスが自分の母国だ。私は戦い続ける。人種差別がない国に変えることができる、と信じているからだ。

レゲエを歌うボブ・マーリーはこう言っている。「GET UP STAND UP, STAND UP FOR YOUR RIGHTS!(起き上がれ、立ち上がれ、自分の権利のために戦え!)」と。

小林 恭子 在英ジャーナリスト

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こばやし・ぎんこ / Ginko Kobayashi

成城大学文芸学部芸術学科(映画専攻)を卒業後、アメリカの投資銀行ファースト・ボストン(現クレディ・スイス)勤務を経て、読売新聞の英字日刊紙デイリー・ヨミウリ紙(現ジャパン・ニューズ紙)の記者となる。2002年、渡英。英国のメディアをジャーナリズムの観点からウォッチングするブログ「英国メディア・ウオッチ」を運営しながら、業界紙、雑誌などにメディア記事を執筆。著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』。

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