「優生思想」は現代社会に脈々と息づいている 障害者施設殺傷事件が突き付けた問題
番組を見返すと、改めてさまざまな人の言葉が心に響く。T4作戦を長年研究してきた歴史学者は、そもそも人間を「健康で社会に役立つ者」と「劣っていて価値のない者」に二分する考えが社会にあったことが、障害者ひいてはユダヤ人の大量虐殺の土壌になったと指摘。「人間は、命の価値を尊重しなくなると人が殺せてしまうのです。社会の中に、病、障害、苦悩、死が存在することを受け入れようとする意見が、かつても今も少なすぎます」と警告する。
“内なる優生思想”を見つめる番組として何ができるか
なぜそのような社会になるのか。それは、優生思想はヒトラーだけでなく私たち各々の心にも深く関わる問題だからだという指摘も見逃せない。「自分と他者を比較して差別する心、“内なる優生(越)思想”は誰しも持っている」と、藤井さんは言う。私たちはETV特集とは別に「ハートネットTV」で同じテーマを放送したが、そのなかでドイツが過去の過ちを繰り返さないよう、教育や当事者運動を徹底して続けている様子を伝えた。その特徴は、一人ひとりの“内なる優生思想”に向き合い、そのうえでどうしたら克服できるかを考えていることだ。
例えばベルリンにある小学校では毎月、ナチス時代について考える授業が行われている。さまざまな人種や障害のある子ども、ない子どもが一緒に、なぜ殺される人と生き延びる人が選別されたのか、もし自分があの時代に生きていたらどうなっていたかを真剣に語り合う。
また障害者権利擁護活動に取り組むリーダーは、「あなたは障害者、あなたはユダヤ人、あなたは同性愛者、あなたは外国人、あなたは女性だと何事も分類するから、差別が生まれ迫害につながるのだ」と語る。そして差別されることで「自分のことを価値がないと思うのも非常に危険だ」とも言う。「私は他者より良くも悪くもなく、私の人生は他にないただ一つのものと考えることが大事だ」と訴え、当事者運動を続けていく決意を語っていた。
話を日本に戻そう。私たちは今回のような事件のあと、犠牲者を「何の罪もない、一生懸命生きている人たち」と表現することで、障害がある人の命を守る根拠を伝えたつもりになってしまいがちだ。しかし、そのような“感情”だけでは優生思想を抑える力にはならない。程度の差こそあれ、同じような暴力事件は起きており、これからも起き続けるのではないかという恐れもある。
では一体、優生思想の亡霊を前に、どんな番組を私たちは作っていけばいいのか? 妙案があるわけではない。あきらめずに根気強く問い続けるしかないのだと思う。しかしだからこそ、これまでつながってきた当事者と共に、番組のあり方やメディアの役割をより真剣に考えていくチャンスなのかもしれない。それが、福祉番組にいまできることかと思っている。
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