福島原発、終わりのない「水」との戦い

〈現地ルポ〉廃炉への遠い道のり(上)

楢葉町は昨年8月に日中の出入りが自由な避難指示解除準備区域に指定され、交通量はかなり多い。ガソリンスタンドも一部営業している。昨秋から除染も進められており、車窓からは除染作業員の姿や、除染で発生した汚染土が黒いビニール袋に入れて大量に積み上げられているのが方々に見える。ただ、汚染土の最終的な処分場は決まっていない。

その北の富岡町は今年3月25日に警戒区域を解除され、放射線量に応じて帰還困難区域・居住制限区域・避難解除準備区域の3つに再編された。

避難解除準備区域と居住制限区域は日中の立ち入りが可能になったが、帰還困難区域との境界には検問があり、許可証のある人しか入れない。

稼働を停止している福島第二原発は富岡町にある。この日は霧(ガス)が濃く、車窓から第二原発の建屋は見えなかったが、そこにつながる送電線と巨大な鉄塔が見えた。震災当時、やや内陸にあるこの辺りの国道6号は津波の被害を免れたが、海沿いにあるJR常磐線では富岡駅の駅舎などが流された。現在、JR常磐線は広野駅までで寸断されている。

検問を経て帰還困難区域に入ると、窓ガラスが割れ、品物が棚から散乱したままの商店が目立つ。地震後、住民は片付ける間もなく避難し、今も戻ることがままならない。

大熊町に入って第一原発まであと3キロメートル地点の空間線量は毎時4.8マイクロシーベルト。Jヴィレッジで胸に装着した積算線量計は、この時点で0.000ミリシーベルトから0.001ミリシーベルト(1マイクロシーベルト)へ初めて表示を変えた。出発から約30分で福島第一原発に到着。

「免震重要棟がなかったら、と思うとぞっとする」

免震重要棟に入り、現場取材のための装備品を着用。暑さを和らげるための3つの保冷剤と線量計を入れたベストを着て、つなぎ型のタイベック製防護服で頭から足まで包み込む。さらに二重のビニール手袋、二重の軍足、専用の靴を身につける。

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